エロゲー 夏ノ雨 ひなこss『トータルフットボール』

夏ノ雨 ひなこss 『トータルフットボール
説明
サッカーのルールがよく分からないひなこ



「あーあー、そっちじゃないって……」

バスバス、とソファを叩く。

あえなくゴールラインを割って、ボールは当てもなく転がっていく。

ころころと進む勢いで広告帯に当たって少し跳ね、止まった。

瞬間、画面に回転するエフェクト。

直近の逸機のリプレイが映し出される。

「うわぁ……もったいねー」

同時に、溜め息もリフレイン。

(俺だったら……)

自分のパスが鮮やかにディフェンスラインを切り裂くところを想像して、

「そうはいかないよなぁ……」

間を置かずに別の角度から、同じプレーのリプレイ検証が始まる。

空いているパスコース、走りこむ選手、それに釣られディフェンダーの重心が移動する。

今プレーしているのはプロとはいえ、テレビカメラは遥か上階からピッチを映している。

傍目八目……というだけではなく、実際にフィールド上に居るより視野が広いのは間違いない。

いかに選手たちが目を皿のようにして味方の動きを追い、走り回ろうと、

ソファでくつろいでいるこっちの方が状況はよく分かっているんだ。

ただ、自分もプレーする側になる訳で……。その時外から見る監督はきっと、今の俺のようなもどかしい気持ちでピッチを見つめているのだろうが。

(偉そうなことは言えないな……)

サッカープレイヤーの格言で、『後ろからの声は神の声』というものがある。

後ろから見ている選手の方が状況が見えているから、今まさにプレーに関与しようとしている選手達にとってはその指示は降って湧いた神の声がごとく聞こえるものだ。

地域によって天の声だったり八幡様の声だったりするのだろうけれど。

文字通り天から見ているんだ、視聴者の呟きも正しく神の声そのものだ。

とはいえ、愚痴を言うばかりの神様では信心も薄れよう。

「ソウくん、お茶入ったよ」

「おっ、ありがと」

試合は前半、十分を回ったところ。

「熱いから、ヤケドしないよう気をつけてね」

「熱いの!?」

「うん。ほっとするよね」

「このくそ暑いのに……」

「食後はやっぱり、熱いお茶かなって」

「えー……いま温茶はシーズンオフだろ。氷ちょうだい」

「あら、お茶はね、春の終わりから収穫期なんだよ。それで、乾燥させて夏の頭に出回る新茶が一番おいしいの」

「そうなの?」

「夏〜も近づく、ハチジュウハチ夜、って歌、あるでしょ。立春から八十八日目が収穫時期なのね」

「へえ」

「ふふっ、だからね、きっとおいしいと思うの」

「ひな姉」

「なあに?」

「うまいモンは冷やして飲んでもうまいだろ」

「冷やしても美味しいとは思うけど」

「じゃあいいじゃん」

「えっと……でもそれは邪道なんだよ、ソウくん」

「邪道……」

「やっぱりね、新茶は香りが美味しいと思うの。抹茶じゃないから、冷たいとよく分からなくなっちゃう」

「この湿気渦巻く熱帯夜に、何が悲しくてワザワザ体温を上げなきゃならん」

「うふ、お茶の道は険しく厳しいの」

「お師匠様、破門して」

「むうー……」

「ひな姉は温かいの、飲めばいいだろ」

「…………」

コポコポ、と背後でお茶が注がれる。

かちゃ、と鳴るのは急須を置いた音か。

目の前のお盆、その上の湯飲みからは湯気が拡がっている。

確かに、この匂いは食欲……飲茶欲をそそる。

(自分で作るか)

立ち上がろうと後ろに手をやって、ひな姉の歩いてくる気配に気がついた。

「うふふ、ソウくん、破門だ!」

そう言いながら、よく冷えたグラスを差し出してくれる。

何かやっている気配がしていたが、何だかんだ言いながら作ってくれていたのか。

カラコロと氷がぶつかる音が、耳に心地いい。

「薄くなっちゃってたら、ごめんね」



「今の、頭でするのがヘディング」

「ぜったい痛いよ……痛くないの?」

「ううん……痛くないことはないけど。ちゃんと当てればそんなに、ほら、平気な顔してるし」

「顔とかお腹とか危ないよ……」

ひな姉がぺたぺたと触ってくる。

「ひな姉、くすぐったい」

「でも、凄いのね。あんな向こうからボールが飛んできたら、恐くて避けちゃいそう」

「避けたら……間違いなく総スカン食らうだろ。そっちの方が恐い」

「みんなで避ければいいんじゃないかな」

「はあ」

「それで、ボールが下に落ちてから取り合えばいいのに」

「まあ……そういう考え方もあるかな」

「ソウくん、受け答えがテキトウだよぉ」

「そんなことないって」

「ほんとう……?」

「ひな姉って、サッカーしたことあるよな。ほら、田舎にいた時にさ」

無理矢理話題を変える。

「……うん。みんなに混ぜてもらって、よく分からなかったけど」

小さい頃のひな姉は黒く日焼けして、ガキ大将より恐いもの知らずで……

野球、サッカー、虫取り、飛び込み。一通りの遊びをこなしていた記憶がある。

何しろ、恐いものしらずのひな、で通っていたのだ。

それが今やおっとりと風情を醸している。

「ルールは?」

「うう……ん。ちょっとは分かるよ」

「そうなのか」

「ゴールを決めた方が勝ちなんだよね」

「うん」

「それで、手を使ったら退場になるの。危ないことしても、退場」

「うん」

「ヘディングは痛いけどしなくちゃいけなくて……」

「うん」

「それから……それから、ソウくんは10番でトップシタでシレイトウなんだよね」

「それから?」

「あとは靴下にすぐ穴が開いて、でも縫ったら変な感じがするから駄目で、すねあては洗うと汗が染みてて……ふぉーめーしょんが」

「ぶふっ」

「あっ、ソウくん笑った!ひどいよっ」

「笑っってない」

「笑ったよ、というか現在進行形で笑ってるよっ!」

「ごめん」

「もう……」

「ほら、ひな姉、テレビ。今反則があって、フリーキック。知ってるだろ?」

「ソウくんがいっつも練習してるの」

まだちょっとむくれている。

「そうそれ。フリーキックは、相手チームの反則があった地点から、ボールを置いて蹴っていいっていうこと」

「うん」

「近くに居たら邪魔できちゃうから、相手は、9.15メートル以上離れる。並んで壁作ってるの、あれな」

画面では、右足で巻いたフリーキックが大きく枠を外れていった。

「ついでだから、さっきのフォーメーションの話をしておくと」

「サッカーってのは、前半後半終わったときに、点をたくさん決めてたほうが勝ちなわけ」

「要は相手よりたくさん点を決めればいい」

「それはどういうことかっていうと、点を決めて、相手に点を決めさせないってこと」

「一点も取られなければどうやったって負けないし、逆に一点も取れなければどうやったって勝てない」

「最終的に相手より一点でも多く点を取ってればいい訳だから、一点を守るってことは、一点取ることと同じ価値がある」

「どうしてもゴールの方が派手だから、攻撃にばかり目が行くけど」

「どちらかが欠けると、負けたり、勝てなかったりする。だから守備と攻撃、この二つのことを同時にやらないといけない」

「でも勿論、守備と攻撃どっちを重視するかっていう選択があって、それがフォーメーション」

「1チーム11人からキーパーを除くと10人。これを、守備と攻撃に何人ずつ割り振るかっていう」

「DFが守備、FWが攻撃。それでMFは両方」

「両方必要なんだから全員MFでいいじゃん、って思うけど、それだとうまく行かない」

「帯に短しタスキに長し、内股膏薬どちらへもつく、ってこと。中途半端になって、逆に悪い結果につながる」

「一度にボールに触れるのは一人だから。FW一人だけでも、上手くすれば点を決めることはできる」

「逆に言うと、たった一人のFWにも点を決められる恐れがあるってことで、そいつにはDFがつかないといけない」

「これがさっきの、一点を取るのと一点を守るのとが等価っていうことからの結論」

「結局、攻守にバランスよく人員配置しないといけないってことが経験的に分かってて、今の4-4-2とか3-6-1みたいなフォーメーションができあがったわけ」

「ちなみに昔は5バックとか4トップとかあったらしいぞ。それはそれで面白そうだ」

「と、おおまかな話だけど。おおまかも何も、言ってしまえば現代サッカーは全員攻撃全員守備が基本だし」

「ポジションチェンジも盛んだ。フォーメーションの否定がトレンドなんだな。フォーメーションという概念が相手にあるのを利用して意図的にそれを否定してる」

ずずず、とお茶をすする。

先に注いでもらった温茶は冷めて、丁度いい温度になっていた。

「ソウくん、もう一杯いる?」

「うん」

急須から湯飲みに注いでもらう。

再び、湯気が立ち昇る。

「出涸らしだね」

「水足せば丁度いいだろ」

グラスの氷は解けて水になっている。

ちょっと迷ってから、湯飲みの中にそれをあけ、うめてやった。

「ほら、ひな姉、またフリーキック

「ファール?痛そうだよ……」

「足に入ったみたい。スライディングしたのか」

担架が運ばれて来て、試合が一時中断する。

手で足を押さえているのは演技なのか本気なのか。

「ソウくん、スライディングは反則なの?」

「ボールに当たってたら反則じゃない、けど。これはアウト」

「難しいね」

「そうか?そうかな」

「ふふっ、そうだよ」

試合が再開していた。間を置かずに、笛が鳴る。

少し荒れてきたのか。

「また、ファール。ひな姉、これはなんだか分かる?」

「ううん?あっ……手でどついたら駄目だよ」

「ぶっ……そう……だけど。その通り。駄目。これがプッシング」

「なんでこんなことするの?」

「俺に聞かれても……それに、そんなひどいかな。ヒドイので言うとスピッティングっていう、相手選手に唾を吐く反則なんかもあるし」

「ええっ」

「ちなみに通例でイエローカードは確定、まあ当然だけど」

「それは駄目だよ。退場」

「厳しいな」

どこからどう見てもひな姉は平和主義者だ。

「でも、それをさせないためにこういうのは反則ですよ、って名前つけて知らせてるわけだから」

「そっか」

一回長くホイッスルが鳴る。

またファール……ではなく、前半終了の笛。

(しまった、全然見れなかった……)

ううん、と一回伸びをする。

横を見ると、ひな姉がいつの間にかいなくなっている。

「あれ……?」

「ソウくん」

後ろから声。

「ソウくん、フリーキック!」

手に持ったボールのクッションを蹴りあげるひな姉。

(それはパントキックだ)

ボールが山なりに飛んでくる。

ももでトラップ、落ちてきたところを蹴り返す。

「ほら、ひな姉!ヘディング」

ひな姉は……目をつむってぴょこと跳ねた。タイミングが全然違う。

(くっそ、可愛いじゃないか……)

ひな姉が着地すると同時に、ぽっす、と音を立てて、頭にクッションが乗っかった。



「ヘディング……スライディング……プッシング、スピッティング……」

「覚えた?」

「いろいろあるのね」

「人生と同じだ」

「ね、ソウくん」

「うん?」

「ペッティングはどんな反則なの?」


暗転