エロゲー 夏ノ雨 ひなこss『NEET』
「ひな先輩って、大学どこ受けるんですか?」
「だいがく?」
「はい。それか専門学校か……そもそも、受験するんですか?推薦?」
「ええと……」
「ほら、ひな先輩、引退しないで部活でてるじゃないですか。それで、もう推薦で決まってるんじゃなかろうかと思ったんですけど」
「あのね、部活……いま二年生のみんなが大会に向けて頑張ってるから、一年生に教える人がいるんじゃないかなって」
今年の水泳部は新入生がたくさん。
わたしは副キャプテンだから、忙しい二年生の代わりに練習をみてあげている。
みんな楽しそうに泳いでくれるから、見ているこっちも明るい気分になる。
それに、冷たい水の中は気持ちがいいし。
「あと、推薦はやり方がよくわからなくって」
「え、それって……他の三年生と同じってことですよね……」
翠ちゃんは驚いた顔。
「部活出てていいんですか?」
「でもお休みしたら悪いし。一年中泳げる訳じゃないから、今のうちに水に慣れておかないといけないと思うの」
「そうかもしれないですけど……それじゃ推薦ってわけでもなくて……受験すると」
「あのね、一応おうちで勉強はしてるのよ」
「予備校とかは」
「行ってないけど……」
「模試とかは」
「受けてないけど……」
翠ちゃんの表情が分かりやすく沈んでいく。
わたしも、なんだか申し訳ない事をしたような気持ちになった。
「……ひな先輩。大丈夫なんですか?」
「大丈夫……?」
「受験……ていうか、こうして桜井の家でゆっくりしてて。こう、この時期の三年生って上がらない偏差値に一揆一憂しているものだと思ってたんですけど」
「ううん……そうなのかな」
「とりあえず大学自体は受けるんですよね」
「ええっと、お母さんが大学行きなさいって。だから受けるつもり」
「ひな先輩は?やりたいこととか」
「わたしは……その、お料理のお勉強とかできたらいいかなって」
「へえ……料理。なんだかひな先輩っぽいですね」
「えへへ、そうかな」
「だったら、調理師学校とか、大学なら栄養科学科とかですか」
「そうなの?翠ちゃん物知りなのね」
「あたしもスポーツ栄養学とか興味あるんですよ」
「そういう学校でお勉強したら、きっとお料理上手くなっちゃうよね」
「そうですね」
「うふ、そしたらね、もっと美味しいご飯食べさせてあげられるかなって思うの」
「料理人になるってことですか」
「違うよ」
「?」
「お店でお料理つくるのはその……大変そうだし。わたしには無理じゃないかな」
「はあ……」
「ほら、わたしうんちだから。あ、運動音痴ってことね。キッチンは戦場だから、邪魔になっちゃうと思うのね」
「戦場……そういうものですか」
「うん。でもお料理するの好きだから、おうちでゆっくりやりたいなって」
「つまり……家事手伝い?」
「ソウくんも、夏子さんも、美味しいご飯ができたら喜んでくれると思うの」
「それも……他人の家の」
「うん」
毎日のご飯が美味しかったら、嬉しいに違いない。
美味しく食べてもらえればわたしも嬉しい。
わたしも、ソウくんも、夏子さんも、朋実ちゃんも……。
手前味噌を並べるようだが、これはいい考えかもしれない、となんだか胸が躍った。
「あの……ですね、ひな先輩。ちょっと言いにくいんですけど」
「どうしたの?」
「桜井も来年受験なんですよね。そしたら、ここじゃなくてどこか遠い大学に行ったりすることもあると思うんです」
「ソウくん、遠い大学に行っちゃうの?」
「そういうこともあると思うんです。まだ分からないですけど。少なくとも、この辺りは大学少ないですし……」
「そんなの駄目だよ」
「駄目って言われましても」
「翠ちゃん、どうしていじわる言うの?」
「いじわる……」
「そうだよっ、いじわるだよ」
「えっと……すいません」
「ソウくん、いなくなったりしないよね」
「ううん……それはあたしの口からはなんとも申し上げられません」
「うふ、翠ちゃん、政治家さんみたい」
「ひな先輩、誠に遺憾の意が堪えないなんですがちょっと聞いてもらえますか」
翠ちゃんは襟を正してわけの分からないことを言う。
「いつまでもあると思うな親と金、じゃないですけど。いつまで桜井が傍に居るかは分からないと思うんです。その可能性自体は、ほんの蟻の穴くらいは認めてもらえますよね」
「うん……」
「それに大学は近くのところに通うとしても、例えばそこで彼女ができたら」
「かのじょ……」
「そうです。そしたら、今みたいに桜井の家に来るのは難しくなるんじゃないですか」
「そうなの……?」
「ほら、誰よあの女!ぐさー、ってならないとも限らないですし」
「えっとえっと…………」
「ひな先輩がニートになる姿はあたし、見たくないんです」
「ニート……だめかな」
「駄目です。断じて。あたしのひな先輩にそんな真似はさせられません」
「家事手伝いって言ったら平気なんじゃないかな」
「駄目です」
「ううん……」
ちょっと首を傾げて、考えてみる。
間もなく、一筋の光明が浮かんだ。
「翠ちゃん!」
「どうしました」
「でもね、彼女ができてもお腹は空くよね」
「…………」
暗転