エロゲー 夏ノ雨 ひなこss『冷静と情熱のあいだ』

夏ノ雨 ひなこss『冷静と情熱のあいだ
説明
行動が裏目に出るひなこ



部活の帰り道。いつものようにスーパーに寄って、ソウくんの家に向かう。

ちょっと遠回りをして、橋を渡る道を通る。

ソウくん、まだいるかな、って。

夕日はさっきから絵の具をこぼしたみたいな赤い色のまま。

逢魔が刻、なんて不吉さは全然感じさせない健康的な色だ。

表面温度が6000度、とか何億光年前から存在している、とか、そんな説明よりも

例えば……そう、買い物袋の中の完熟トマトにそっくり。

雑草に混じって咲いたオトギリソウを避けながら、ぼんやり歩いていく。

川原が見えてくる前にもう、あ”〜っ、って聞きなれた声が届いて

今日はいい日だなって思った。


「お〜い、ソウくん」

買い物袋を置いて、手を口に添えて

「ソウくん〜〜」

ぶんぶん手を振る。

気がつかずにリフティングしてる。

「ソウくん、ソウくん〜〜」

ダン、ダン、とボールを蹴りあげる音が一定のリズムを刻んで川原に響いている。

それから、ダムッ、と一際大きな音が鳴って

「聞こえてるよ!!」

橋の上に向けて、返事が帰ってきた。

でも、そこには誰もいない。

「ってあれ?」

我慢できずに、わたしは川原に駆け下りていたから。

ポン、って肩を叩くと、ソウくんはびっくりしてボールを落っことした。



「あー寝ちゃいそうだ」

「ソウくん眠いの?」

「理香子、あいつにベッド取られててさ。最近ずっとソファー生活だから」

「ちゃんとお布団で寝ないと駄目だよ」

そよ風に揺られた草の葉が頬を撫でる。

くすぐったいような、気持ちいいような不思議な感触。

寝転がった体を優しく受け止めてくれる土は、夏なのにほどよく冷えている。

「キチンと寝ないと疲れが取れないんだよ」

「そうだけどさあ。朋実は理香子に部屋貸す気ゼロだし。ほら、あいつらがケンカしてるの、ひな姉も見たよな」

「うん。いつだったか……びっくりしちゃった」

「あーいうの犬猿の仲って言うんだろ」

「そうなのかな。わたしは、ちょっとお互いに誤解してるだけだと思うの」

「朋実が犬だ。こうキャンキャン言う感じ」

「理香子ちゃんがおサルさん?」

「う〜ん、あいつはおサルさんって感じじゃないなぁ」

「そうなの?おサルさん、かわいいと思うけど」

「ヨザル……ピグミーマーモセット?いや、そんな柄じゃないだろ。それよりマウンテン……」

「ふふっ、ソウくん、それは言いすぎだよ」

「おサルさんってよりエテ公って感じなんだよな、理香子は」

「よく分からないけど」

「オランウータンが近いかな」

「ソウくん、オランウータンはヒト科だよ」

「そうなの?」

「うん。でも、サルじゃないかって言われちゃうと、その通りなんだけどね」

「ふうん」

ふあああ、とソウくんがひとつ大きな欠伸をする。

なんだか指を入れてみたくなって、

「んがっ」

「痛いっ」

まだ大丈夫、まだ大丈夫……で、抜くのに失敗してしまった。

「何やってんだよ、ひな姉」

「えへへ、ごめんなさい」

じーっと見つめていると、指に残った歯型が薄く消えていく。

「でも、ソウくんがいけないんだよ。人が話してる時に欠伸なんかするから」

「いいだろ別に、ろくな話でなし」

ソウくんがわたしの手を掴んで、乱暴に服の裾で拭ってくれる。

「それで結局何が言いたいかっていうとだな……」

「うん」

「理香子ってコワモテだけど、じっと見てるとなんか間抜けに見えてくるんだよ。それでだんだん笑えてくる」

「ソウくん、女の子にそんなこと言ったら失礼だよ」

「面と向かっては言わないって。心に秘めておく」

「女の子にそんなこと思っても失礼だよ」

「ジェントルマンシップは内心に関係ない。行動で示されるんだ」

知った風な口をきく。

「ふふっ、でも、ジェントルマンは人が話してる最中に欠伸しないのよ」

「淑女は人の揚げ足とらないけどな」

「ソウくん、口が減らない」

そんな事言うのはこの口かー、ってほっぺたを引っ張ってやる。

ソウくんはごろごろ転がって逃げていった。

「ひな姉」

またごろごろと戻ってくる。

「そういや買い物、これ放っといて大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「ほら、冷蔵庫に入れないとマズいのとかあるんじゃないの」

「お野菜とお肉は昨日まとめて買ったから。今日のは、無くなりそうかなっていう調味料とかだから、大丈夫だよ」

「そっか」

ブロロロロ、とバイクが通る音。

なんだかちょっと地面が揺れた気がする。

ゾウは大地を叩いて遠くの仲間と会話するから、バイクからも何かメッセージを受け取ったかも。

「…………」

手のひらを地面につけてみると、やっぱり土はひんやりとしていた。



「それでな、理香子が店員やってるんだけどあいつホント無愛想なのな」

「うん」

「スマイルくださいって言ってやった時の顔がもうさあ」

そう言って、ソウくんが思い出し笑いをする。

わたしは思い出せないから……面白くない。ううん。

橋の上でソウくんを見つけてから30分くらい。

そろそろ帰って、ご飯の準備をした方がいいかな。

それに。

「ソウくん、さっきから理香子ちゃんの話ばっかり」

「そうか?」

「そうだよ」

「まあ……別にいいだろ。一緒に住んでるんだし」

(一緒に住んでる……)

ずっと前から知っていることだけど、何故だか引っかかった。

「ソウくん」

脇に回り込んで、体を揺する。

何だか胸がざわざわして……

虫がいた振りで、ソウくんの足をぺちっ、と叩いてやる。

「ソウくん、家で理香子ちゃんとお話するでしょ」

「ん?そりゃ、するだろ」

「あのねっ」

上半身を乗り出して、

「その……わたしの話とか、するの?」

「ひな姉の?」

「うん……どうかな?」

「いや……しないな。話すことないし」

わずかに期待していた言葉を聞けなくて、

ソウくんは全然悪くないのに、なんだか、頭にカッと来てしまった。

「ソウくんのバカっ」

「はあっ?」

「ソウくんのレンコンっ!やまとイモっ!」

草をちぎっては投げ、ちぎっては投げる。

風が邪魔をする。投げたそばから横へ吹き飛ばされていく。

ほっとするような、悔しいような。

「何だよひな姉、いきなりっ!」

急に風が吹きつけて、草が顔にかかった。わたしの。

「ふえぇ……けほっ、けほっ」

「何一人で楽しいことやってんの」

「何でもないのっ」

ごしごしと目をこすって、がばと立ち上がる。

「大丈夫か?」

「ううん、何でもないの、ごめんね」

言いながら、えいっ、と手に持った草切れを投げつける。

「ぶわっ……」

「ふふ」

決まった。なんだか無性にうれしい。

「このっ……ひな姉、覚悟しろよ」

そう言ってソウくんは身をかがめ、

草をちぎ……らずにそのまま引っこ抜いた。

「ソウくん、それは反則だよっ」

聞く耳持たんわ」

ソウくんが一歩近寄ってくるたびに、手に持った草束から砂がさらさら落ちる。

真夏の夕暮れ時の影が長く伸びて、橋にかかった。

その日、川原には三度、ひなこの悲鳴が響いたという……

…………



それから……わたしは怒っていた。

ホイコーロー、ピーマンの肉詰め、グリーンサラダ、エトセトラ、エトセトラ。

晩御飯にはソウくんの嫌いなハズのピーマンのフルコースをお見舞いし、

どうしてかすぐに、おかわり、っていい顔で言われてしまったけれどわたしは怒っていた。

ソウくんなんかタコみたいにのぼせちゃえばいいんだっ、ってお風呂の設定温度を三度上げて、

でもやっぱり悪いことしたかなって急いでコーヒー牛乳を買いに行ったけれどわたしは怒っていた。

「ソウくんの馬鹿っ」

…………

「ソウくんの馬鹿っっ」

…………

…………


「そういえば川原でいきなりぷりぷりしてたけど、あれなんだったの」

「…………」

「なあ」

「何でもないよっ」

ぷいと顔を背ける。

みっともない膨れっ面になっているのが自分でも分かる。

落ち着いていられなくて、ソファーに飛び乗った。

「きゃんっ……」

バランスを崩して、へなへなと座り込む。

(カッコ悪いとこ、見られちゃった……)

「ひな姉、チャンネル変えていい?」

「ダメ」

「…………」

「…………」

沈黙が痛い。

言葉の無い部屋に、テレビの音だけは場違いに明るく聞こえている。

「……ひな姉、どうしたんだ。今日なんかおかしいぞ」

無防備なわたしに突然、ソウくんの手が伸びてきた。

「え……」

くしゃ、って前髪を持ち上げて額に手を当てられる。

ひんやり冷たい。

(ソウくんの匂いがする……)

触れられた頭に全身の神経が集まって、腑抜けた体がぶるぶる震えた。

「よく分かんねーな」

そのままソウくんの手が頭を掴んで、

ソウくんの顔が近づいてきて、

(キス……?)

突然のことに頭がパニックになる。

えっとえっと歯磨きしてないよどどうしよう、息は止めるの?目を、目をつむらないと

そんな思考が束になって、一瞬で頭に押し寄せてきて……

意識が飛ぶ。時間の感覚が無くなる。

額に、なにか温かいものが触れて、離れた。

「うん……?何変な顔してんのひな姉」

「わわっ……」

「ほら、やっぱりよく分かんねーから、体温計」

懐に手を抜き差しする動き。

「どこにあんだっけ?」

自分ちなのにな、ってニカッと笑った。

「リビングの電話器のした……でも、いいよ。熱、ないから」

「うるさい」

「あう……」

「次、嫌だって言ったら尻に刺すぞ」

「……うん」

ソウくんは体温計を探しに行って、

わたしはそれをぼーっと眺めていた。

腋に押し込まれた体温計の冷たさにはっとする。

でも、数瞬後にはそれは消えているんだ。

(わたしは……)

なにを不満に思っていたのか。

そんなことを思った。

「で、結局なんだったわけ、川原のあれは」

「……」

「ひな姉?」

「……ソウくんなんかには分かんないよ」

「なんだと、ひなのくせに」


暗転