エロゲー 夏ノ雨 ひなこss『須山家の一族』

夏ノ雨 ひなこss『須山家の一族』
説明
ひなこルート、その後。
五分で分かる須山くん講座(大学編)



「ひなこちゃん、学食一緒にどう?」

「あっ……ええと、わたしお弁当なの」

「おべんとう。ふえー、え、見せて見せて!」

「見たいの?面白くないと思うけど」

「ね、ね。手作り、手作りかなっ?」

そうだよ、って言いながら伊東さんはバックをガサゴソとやって、

薄ピンク色の可愛らしい包みを取り出し渡してくれる。断って包みを開くと、

「うっ……お弁当箱、これ」

真ん中で、ふた昔前くらいのアニメキャラクターがにこやかに決めポーズ。

私も少女の時分には人並みにお世話になった覚えがあるけれど……

今見るとまるでクスリでもきめてる様な笑顔だ。

ああ、いけない。

色褪せた……のは時代遅れのキャラクターでなく、純真だった私の心か、なんちゃって。

「うふ、かわいいでしょ」

「うん、その……そうだね。ひなこちゃんらしいというか」

「そうかな、ありがとう」

「中見ていい?」

と問いつつ既に上ぶたに手をかけている私。

「それではご開帳〜、今日のごはんは何じゃろな、って……お」

「お?」

「…………(絶句)」

「どうしたの?」

「これは……なに、松花堂弁当?」

可愛らしいお弁当箱の中には、仕切りごとに艶やかなおかずが並んでいる。

(いや、おかずというよりお菜?京懐石?)

豪華なお弁当、って具材がモリモリ詰めこまれてるヤツのことだって思ってたけど。

こういう形もあるのね……

「ひなこちゃんって毎日こんなお弁当作ってるの?」

私は一日だって作れないぞ。

「すごい豪華」

「え?ううん、それはないよ。今日はちょっと奮発してみたの」

「ふんぱつ」

「うん。あのね、今日はソウくんの分のお弁当作ってもいい日だったの」

「しまっ、ソウくん。あー、はいはい」

「昨日ソウくんがお弁当作ってくれって。わたしのお弁当食べたいって言ってくれたの」

「うぐっ」

「えへへ、ふふっ」

「…………」

「ソウくんやさしい」

「ふぐっ」

「それでね、折角だからと思って」

「…………」

「それでねそれでね、さっきソウくんからメールがあって」

「あー分かった、分かったから」

「そう……?」

伊東さんは満面の笑顔で残念そうに俯くという離れ業をやってのけ、

私はそれを見ただけでも、うっと鈍い声を漏らしそうになった。

フリーの人間にはとても耐えられる話題じゃない。

大体このソウくんは何者なんだ。

伊東さんが事に触れて語り出すせいで、私のソウくんフォルダーは新設からむこう拡張に次ぐ拡張を余儀なくされている。

散満たるソウくん情報を鵜呑みにするとこいつは

ぼくのかんがえた超人、的な趣を帯びて動き出すのだ。

それこそ、写真を見せてもらうまで私は、伊東さんの都合のいい妄想なのではと真剣に疑っていたくらい。

小さい頃からの幼馴染、なんて言うからイマジナリーフレンドがそのまま成長したのではなかろうか、とか。

惚気話って少なからず相手を美化して伝えるものなのだろうが……

欠点が「ソウくんかわいい」の一言でオセロよろしく美点にすり替えられていく。

私は錬金術師を前にした中世の農民のような心持ちでそれを拝聴。

まあいいんだけれど。

おかげでここ数ヶ月、頭の中で会ったことも無いソウくん像が一人歩きを続けている。

そのまま南米にでも行ってしまえばいい。

「でもお弁当かっ。じゃわざわざ混んでる学食付き合わせるのも悪いね」

「ううん、一緒にいくよ。折角誘ってくれたから」

「いいの?ありがとっ」

ぎゅむって抱き付いて親愛の情をアピールしてやる。

(うわあ、スゴいやらかい……いい匂い)

セクハラなんて知ったことか、ってふんふん鼻を擦りつけて胸一杯息を吸ってやる。

だから別に、いいんだけど、他意はないけど。

「……あ、けどお弁当のわたしが席取ったら食堂使いたい人の邪魔になっちゃう」

「邪魔っていうのとは違うんじゃない。近所のママさん連中なんかよく子連れでテーブルジャックしてるし」

「そうなの?」

「しかも有閑マダムの特権生かして昼ちょっと前の空いてる時間に席取りするのよ、あの人達。邪魔っていうのはああいうのを言うの!」

でも……お邪魔ざます、って視線を送っても移動しない、

文字通り全く動じない図太さは中々得がたいものかも。羨ましくないけど。

「学食って学生が食事を摂るための場所だよね」

「それは……そうかな?」

「だからオバサンたちはもうちょっと気を使うべき、噂話に対してだけでなく」

「ううん」

「そこのところひなこちゃん、私達は学生なんだから何恥じることなく学食でご飯を食べていいと思うのよね」

「でも……やっぱり、わたしの座った席が空けばもう一人食べられるんだし」

「そうねぇ……」

「ね、だからわたしはここで食べるよ」

「ええー、一緒に食べようよっ」

ひなこちゃんは少し困った顔。

聞きわけのない子供を前にして、みたいな……あれ?

「……よし分かった。じゃこうしよう」

「ふふっ、お白洲みたい」

「双方の言い分、あい分かった。なればかくのごとくせい……わたしダッシュでパン買ってくるから。ここで一緒に食べよう?」



伊東さんは不思議なかんじ……

仲良くなりたいから今日はちょっと頑張ってひなこちゃん、って呼んでみた。

馴れ馴れしい、って思われてませんように。

そういうゲームみたいに人を避け、二段飛ばしで階段を駆け下りてすぐ下の購買に進入を試みる。入れる。

(よかった、まだ空いてたっ)

とはいえそれはただ挑戦権を得たというだけのコトで、

わたしは幾重にも亘る肉の壁に飛び込んで、この辺かとあたりをつけて腕をねじ込む。

(南無三っ……)

このときの形相ばかりは写真にとられたくないな。

女の子なら強迫の材料にされてもおかしくはない。

そこのとこ、生協の監視カメラは女性の生存権を侵害してないかね。

なんて益体もないことを考えながら焼そばパンを確保してほくほく顔で戻ってくると、

メスの尻の臭いを嗅ぐ繁殖期のアカギツネ……と言ったような、なにやら粘っこい必死さを感じさせる声が聞こえてきた。

「それでさ、俺としては伊東さんにぜひ来てほしくて」

「ええと……」

「ほら、折角同じクラスになれたんだからシンコーを温めたいじゃん。これって偶然だけど、それだけで終わらせるの悲しくない?」

「そうだね、クラスのみんなと仲良くしたいな」

「そうそう。あ、そうだ。仲良くなりたいからさ、伊東さんのこと俺もひなこちゃんって呼んでもいいかな」

「うん?」

「女の子は伊東さんのことひなこちゃんって呼ぶじゃん。あれ、いいなって思ってたんだよね」

「うん、全然いいよ」

「それか……もしよかったらひなこ、で」

「え……?」

「駄目かな、まだ早い?じゃ、それは後に取っておこっか、ひなこちゃん」

「ううん……ごめんね」

「それでさ、ひなこちゃん。絶対楽しいから、いやマジな話で。上クラのバンドやってる先輩も来るんだよ」

「でもわたし、そういうのよく分からないし……」

「これから分かるようになるんだって。俺が教えてあげるよ?お酒飲みながら」

「お酒も……飲んだことないの」

「え、そーなの?いーじゃんいーじゃん、それじゃさ、ひなこちゃんの初めて、俺にちょうだいよ」

「えっと……」

「おいしいよ、お酒。いやマジ話、これマジ話でね」

「それは……そうかも。夏子さん、いっつもスゴい美味しそうに飲んでる」

「夏子さん?」

「あ、ごめんね。知り合いの人」

「へー、凄いね。でしょ、実際うまいんだって。ひなこも絶対好きになるから」

須山くんは慎重にタイミングを取って伊東さんの肩をぽんと叩く。

「すげー気持ちいいから」

「そうなの?」

「むしろ、その後気持ちよくしちゃうっていうか」

にやけ顔でご機嫌を取ってるふりをして……

ひなこちゃんの体をちらちらと見ているのが傍からは丸分かりだ。

(下心が中だ……丸出し。あれで隠してるつもりかしら)

それともギャグなの?

お酒に酔ってもいないのに。いや、あれだと平日の昼間っから酔っぱらってても不思議はないけれど。

東京大学物語が真実虚構だった時代は古き良きのカテゴリに仕舞いこまれて、

今やキャンパスライフっていうのはこういうことを指して言うのだろう。

下心見え透いたオトコの誘いを下心で受けるの……

へー遊びに行くんだ楽しそうだね、って初心な顔を作って。

そんなのなんだか……伊東さんには似合わない。

そういうのはわたしとか、その辺の女の子。

教科書の代わりにファッション雑誌を鞄に突っ込んで歩くような女の子が引き受けてやればいい。

「ハア……あのね須山くん、ひなこちゃん彼氏持ちだから。残念だったわね」

「えっ……なんだ。おい、盗み聞きかよ」

「あ、おかえりなさい」

ひなこちゃんはのんびりと手を振って迎えてくれる。

「勝手に聞こえてくるわよあんだけ大きな声で喋ってたら……」

「ん?なに、お前ひなこちゃんと飯食うの?」

「そうです。それでそろそろひなこちゃんを口説くのはやめるか、中座してもらえません?」

「ちゅーざ?なにそれ」

「さあ……とっととエクソダスしろってことじゃないですか」

「んだよ意味わかんねーな。え、ちょっと待て」

「あのね、ひなこちゃんは彼氏持ちなんです。気がついたらソウくんソウくんってうるさいくらい」

「わたし煩かった?その……ごめんね」

「あー、ううん。違うから、そういうことじゃないの」

「…………ひなこちゃん、マジなの?」

「えっと、なにがかな?」

「ひなこちゃんってカレシ持ちなの」

「彼氏というか……お付き合いしてる人がいるよ」

ひなこちゃんはここぞとばかりにはにかみ頬を染めて、

それを見た私はもう思いっっきり抱きしめたくなったがなんとか堪える。

「んだよ、クソ」

「えっと……」

「ああ、いやなんでもない。ごめんごめん」

須山くんはしばし沈黙。なにか考えるような素振り。

それから思いついたとばかりにパンと大きく手を叩いて、

「ちょっと邪魔が入ったけどさっきの話、飲み会やっぱり来て欲しいな、ひなこちゃんには。どうかな?」

「ううん……そうだね、折角誘ってもらってるんだし……」

「それで俺はキープ君てことで」

「きーぷくん?」

「今のカレシと別れたら付き合うかもっていうヤツのこと。な、それでいいじゃん。お酒飲みながらカレシの愚痴聞いてあげるよ」

こちらフォックストロット、本機軌道を修正し墜落を回避せり……

ある種匠の技かも、と私はちょっと感心。

しかし再びエンジンをかけ上昇に転じようとする須山くんを制して、

「しないよっ」

「えっ……」

「別れたりなんかしないよっ!」

伊東さんは親の仇を見るような目で須山くんを睨んで、

「別れたりなんか絶対にしないの!」

「あっ、その……」

「ソウくんが……わたしのこと嫌になったら……わからないけど……」

一転悲しそうに俯く。

その視界に、すぐ向かいのクラスメイトは居るのだろうか……

ふと空腹を思い出し椅子に深く座り直す。

そっと焼そばパンの封を切る私。

「…………」

「…………」

「そっか、えっと……その、アハハ」

「…………」

「伊東さん、ごめんね。それじゃその……」

「…………」

「その……また今度!」

須山くんはそう言い残して逃げるように教室を出て行った。

開け放したドアがバタンと音を立てて閉まって……

……

……そして、

私はいつしか思っていた。

ぎゅっと拳を握り、

須山くん、頑張れと。


暗転