エロゲー 夏ノ雨 ひなこss『着信アリ』

夏ノ雨 ひなこss『着信アリ
説明
ひなこルート、その後。
果報は寝て待つひなこさん



「あーー腹減った!」

汗だくのユニフォームを勢いよく脱ぐ。

久しぶりの試合、全身が疲労感に包まれている。裸の上半身を撫でていく夜風が心地いい。

見上げると一面の濃藍。空の端に引っ掛かる新月は薄雲で覆われ、おぼろげな光を投射していた。

「これ、ユニフォームどうすんの?洗って返せばいいのか」

「向こうにいるマネージャーに渡せばいいってさ」

「うえ……なんか悪いな」

返す前に少しは泥を落とそうと、ユニフォームを空に躍らせる。

パンパンと叩くと、水分が白い霧になって辺りに広がっていく。

「ソックスは?」

「それは……俺のだから。いいや、今返せ」

そう言うと一志はビニール袋の口を大きく開けて差し出してくる。

「ちょっと待ってな……」

(ごきげんだなコイツ……)

普段なら、洗ってすすいでアイロン掛けろよ糊つきで、とでも言い出しそうなものだ。

「勝負ついた後の無駄な一点。無意味に決めたのがそんなに嬉しいか」

「はあ?」

「あんなん誰でもできる」

「どうした宗介。男の嫉妬は見苦しいぞ」

一志はいらない余裕を振りかざして肩を叩いてくる。

「宗介クンは足攣りそうだったもんなあ〜」

「うるせえ」

肘でどつくと大人しくなった。

大人しくニヤケ顔をこっちに向けてきている。余計ムカつく。

「でもよ、冬の新人戦で残ったら来年は俺達もリーグでやるんだ」

「おお」

「二軍相手で満足してちゃ駄目かもな」

逆脱ぎにしていたソックスに暫く遊ばれた後、表に反すのに成功する。

隠れていた砂粒がジャラジャラと零れて足元に拡がった。

軽く足踏み。そのたびに剥き出しの足に小砂利が食い込む。

乳酸でパンパンに満ちた足はまるで借り物のようで、肌を刺す痛みもどこか心地よかった。

「一志、コンビニ寄ってこうぜ」

「当然」

手探りに鞄を漁ると押し込んだシャツがくしゃくしゃになって出てくる。

そのまま何気なく携帯を取り出す。

瞬間、

予期せず悪寒に襲われ……総毛だった。

体中の汗が引く。

キーンという基準参照音が脳を満たし、それ以外何も聞こえなくなる。

携帯電話を持つ手が震えはじめた。

(なんだ……?)

数瞬後、ひきつけを起こしたような鼓動が頭中に響き、同時に汗がどっと噴き出た。

真っ白になった意識に記憶がオーバーラップする。

走馬灯のように……


ー08:06 AMー

(11時に駅前待ち合わせだから……)

携帯を開いて時刻を確認すると午前8時を少し回ったところ。

「一志」

「なんだ」

「キックオフは9時であってるか?」

「一試合目が9時からで、二試合目は11時半。ラストが2時からだ」

(自転車飛ばして……後半30分くらいまで見れるかな)

高校サッカーは基本的に40分ハーフで行われるが、プリンスリーグは例外的にプロと同じ45分でやる規則になっている。

「お前途中で帰るんだろ?リーグだから結局全チームと当たるんだし、最後まで見ていきゃいいのに」

「用事あるんだって」

「ふーん、ま、いいけど。そうだ、一試合目はあいつ居るぞ、ほらトレセンで一緒だった……」

……


ー10:37 AMー

「おーい、宗介!」

「あれ?」

横に居たはずの一志がはす向いで手を振っている。

そのまま駆けてくる。

「自販探してたらFCの監督が居てよ、挨拶してきたんだ」

「へえ」

「そしたら今日来てるチームのサテライトで練習試合やるって言ってて、面子足りないから混ぜてくれるって」

「ホントか!」

「もう直ぐ始めるってさ。お前も来るだろ?」

「よっしゃ!」

……

……


「一志、コンビニ寄ってこうぜ」

手探りに鞄を漁ると押し込んだシャツがくしゃくしゃになって出てくる。

そのまま何気なく携帯を取り出す。

瞬間、予期せず悪寒に襲われ……総毛だった。

不在着信9件。

メール着信6件。

すわ悪戯電話か、と身を固くした瞬間に自分の間違いに気がつく。

現実から目を逸らすかのように着信履歴を開くと……

11:42 伊東ひなこ

12:05 伊東ひなこ

13:00 伊東ひなこ

14:00 伊東ひなこ

15:00 伊東ひなこ

16:00 伊東ひなこ

17:00 …………



「ごめんキャッチだ」

「キャッチ。あんまり長電話してもいけないしもう……切ったほうがいいよね」

「そうな……」

声から名残惜しさが滲み出ているような気がして、言い淀む。

事実、そうなのだろう。

受話器の向こうの彼女が真っ直ぐに向けてくれる感情を日々浴びて、ひな姉について少しは理解できたつもりだ。

例えば、照れくささに優先するものをいくつか見つけた。

「いや、すぐ済むからそのまま待ってて」

「いいの?」

「おう」

「うん。待ってる」

子機を耳から離し画面を見ると表示は、着信:一志。

その隣で受話器マークのボタンが、ちかちかと鬱陶しい明滅を繰り返し存在を主張している。

赤色光に目をしかめながら強く押し込んでやると、表示は通話中に切り替わった。

つい先刻まで働いていた顔筋がすっと引っ込んでいく。

「んだよ、何か用か」

「もしもし」

「もしもし、で一志何の用だよテメー」

「おう……宗介。なんで喧嘩腰なんだお前は」

「知るか。で?」

「あのなあ、時候の挨拶のひとつも出来ないと険阻な人生を歩むことになるぞ」

「……」

「おい聞いてるか。ウチの姪っ子だって挨拶くらいちゃんとできるんだ。俺が遊びに行くだろ、そうするとドア開けた瞬間玄関で」

「分かった、分かったから」

「嘘つけ、会ってもないのにアイツの愛らしさが分かる訳ないだろう」

「おう……分かってない」

「だろ!今リビングで寝てるんだよ。服捉まれてたから抜け出すのに苦労してな、それで」

「一志。用件は」

「いいだろそんなの後で」

「よくねー。忙しいんだよ俺は。それに、お前も早く姪っ子の寝顔を眺める仕事に戻りたいだろ」

「それは……そうだな。いや、別にそんな趣味があるわけじゃなく、草木の成長を見守る太陽のような心持ちでだ」

「分かってる、よく分かってるから」

「そうか?」

「……」

「すまんな、それでなに、明日なんだけど。お前暇だろ?プリンスリーグの最終節が……」

……


「もしもし、ひな姉?」

一志のおかげで大分時間を喰ってしまった。

「あ、ソウくん!もしもし」

「ごめん、待たせた。これだったら切った方がよかったな」

「ううん。すぐだったから大丈夫だよ」

「そうか?」

「うん。それよりね、明日の話しよっ」

ひな姉の声が明るく弾む。

「あのね、電話待ってる間明日のお洋服選んでたの。ソウくんどんなのが好きかな」

「服ねえ……」

「ソウくんスカートの方が好きだよね。それでワンピースにしようかって思ったんだけど、乗り物に乗るからこれだといけないかな」

「好きにしたらいい」

「だからソウくんの好きにしたいの」

「……そっか」

「ね。とりあえず和服はないな、洋服にしようというところまでは固まったの」

「それは……もう決まったようなもんじゃないか」

「ソウくん、茶化さないでよっ。これでも結構悩んだんだよ、商店街に借りれるお店もあるし。帯は飾り帯にして……」

「そんなんあるんだ」

「ただ、並んで歩くでしょ?隣が着物だとソウくん息苦しくなっちゃうかなって」

「和服も好きだぞ」

「本当!?」

「ただ和服でレジャーランドは勘弁してくれ。おのぼりさん丸出し」

「そうかな……そうだよね。おトイレも行けなくなっちゃうし」

服なんてなんでもいいよ、ひな姉がいれば……

なんてことを考えてしまうくらいには俺の頭はひな姉の愛に茹っている。

でもそれを実際口に出すのはなかなか勇気がいるもんだ。

「下はスカートとして……フレアにするか、それともソウくん足は黒タイツ穿いてる方がいいの?」

「知らんわ……服ばっかり気にして財布忘れたりすんなよ」

「ふふっ、ソウくん偉そう」

「なにを」

「お財布忘れたらお留守番?」

「そりゃ……貸すけどさあ」

「そうだ、ソウくん。お洋服の写真撮って送るからそれ見て選んでくれないかな」

「はあ……」

「ね、お願い」

「分かった。それで気が済むんだろ」

「えっと、ちょっと時間かかっちゃうかも知れないけど」

「うん?ああ、ひな姉機械苦手だもんな」

「む、携帯のカメラくらいわたしでも使えるよ?そうじゃなくて、ちょっと枚数たくさんになりそうだから」

「沢山……できるだけ絞ってな」

「じゃあひとまず50枚くらいでどうかな」

「ごじゅう……却下」

「ええっ」

「5枚な」

「それじゃ意味ないよっ」

「どうしたんだよ急に」

「うん?」

「ひな姉ってそんなファッション興味なかっただろ」

そもひな姉は田舎から送られてきたお古をさらに着古して過ごしていたハズだ。

言葉にすると何やら爪に火を灯して暮らす、現代の清貧譚のよう。

……それは少し大げさだけど。

実際のところ単に興味がなかったんだろう。まるで男みたいに……?

「もうお古とか貰ってないのか?」

「ううん。毎年ダンボールで送ってもらってるよ。わたしのお洋服は大体それかな。たまに新しいのも買いに行くけど」

「もらい物ならどれ着ても変わらないだろ」

「えっと……でもそれとこれとは話が別だよ。デートなんだから」

「デートくらいもう何度かしてる」

「けどこんなちゃんとしたデートは初めてだもん」

「そうだけどさ」

ふと視線を散らす。机の上には小銭で膨らんだ財布が転がっている。

中には紙切れが二枚。

テーマパークの入場券。

浦安にある、恐らくは日本で一番有名な大型レジャー施設だ。

家族行楽のイメージが先行するが、最近ではカップルをターゲットにした経営戦略を組んでいるらしい。

夜にあるパレードが結構な見物だそうで、このチケットもナイト・チケット。

つまり、パレード目当ての客向けのものらしい。

これもらったの、ってひな姉が休み時間に教室に駆け込んできたのが一週間前。

以来毎日、受話器の向こうで弾んだ声を出している彼女にこのような情報を聞かされている。

おかげでやたら伝聞調の情報が集まってしまった。

眠気と戦いながら拝聴していたせいか、どうにも曖昧で

情報としては友達の中学の先輩の武勇伝レベルの精度なのだが……

ふと、疑問を持たないでもない。

(デートの誘いもひなまかせなのはどうなんだ……?)

(…………)

(まあ……気張っても疲れるだけだしな)

それに翠いわく、彼女ができて以来俺だって十分浮かれて見えるらしい。

一週間前、教室に駆け込んでくるひな姉。

鉢合わせになった翠が打った顔を抑え、あげた、断末魔のうめき声。

それをいなして迷いなくひな姉に怪我の有無を尋ねるオレ。

翠の、涙交じりの冷たい視線。

「ふあああ」

「あら、ソウくん眠いの?」

「いや、そういうワケじゃ……いいや違った、眠い。瞼が漬物石みたいに重いぞ」

「それじゃ……しょうがないよね。なんだかわたし変に落ち着かなくって。今日も長電話してごめんね」

「いいよ」

「また明日……11時に駅前集合だよ」

「おう。駅前に11時、大丈夫」

「ソウくん、おやすみなさい」

「おやすみ」

受話器を離すと、エアコンがうんうん唸る音、時計が一秒を刻む音。

理香子か誰か、ドタドタいう足音もそれに加わる。

(今日くらい、早めに寝とくか……)

さても都合よく込みあげてきた欠伸を噛みころす。

(歯、磨かないと……うがいだけでいいか)

洗面所に行こうと一回大きく伸びをした拍子に、着信ランプが再び点るのが視界に入った。

「もしもし」

「もしもし、伊東ですけどソウくんいますか?」

「どうした?」

「あ、ソウくん、あのね。やっぱりお洋服選んでくれないと眠れないよっ」



「はぁ……っつ、はっ、はぁ、はぁ……」

ロータリーをタクシーがゆったりと回る。

漕ぎ足を早めてそれを追い越し、駅舎前の広場へと滑り込む。

せめて、いないでくれ。帰っていてくれ。帰って家で、テレビでも見てくつろいで……

「はっ……くは、はあっ……」

酸素が足りない。

水分も足りない。

下を向くも口はからからで、嚥下する唾液は一滴も出てこなかった。

イグニッション・キーが差し込まれ、エンジンが回転を始める音。

顔を上げると視界の正面には乗客を腹一杯に詰め込んたバスが停まっている。

市バスはすぐに営業所へ向けて動き出し、その跡には空のバス停が残され、

そしてその向こうの花壇には……

……縁に腰掛けるひとりの姿影があった。

県営グラウンドから飛ばしてきた自転車をボロ切れのように脇に捨て、段差を跨ぎ駆け寄る。

距離が縮まるごとに不安が予感、予感が確信へ変わっていく。

あと数歩の距離で彼女が俯いた顔をふと持ち上げて、

それであまりに簡単に視線が交わった。

「ソウくん」

ひな姉は後ろに手をやって立ち上がる。

「はっ……はぁ……はぁ、っっ」

(とにかく、謝らないと!)

「はあっ……あっ、ひねっ……はっ……」

口が思うように動かない。

(謝らないと……!)

暗がりで詳しい表情までは窺えないが、気まずさに視線を合わせていられない。

膝に手をついて、自然に視線が下がった。

「はぁ〜〜、はぁ、ひな姉っ、そのっ」

ごめん、の声を作ろうと下腹に力を入れる。

(えっ……?)

しかし喉からその音が押し出される前に、手が取られた。

「ソウくん、これ。ウーロン茶でよかったら」

「えっ?」

「飲んで。それからここ、座った方が楽だよ」

ひな姉はさっきまで自分が腰掛けていた辺りをぽんぽんと叩く。

導かれるがままに腰を下ろすと、レンガ造りはほんのりと温かかった。

「ひな姉、その……」

「すごい汗」

「えっと……」

「そんなに急いで来て、事故にあったら嫌だよ」

確かめるような視線に全身を撫でられる。

「ゆっくり来て……」

「そんなこと」

「けど、怪我してないみたいで、よかった」

「ケガ?」

「ソウくん、何かあったんじゃないかって。心配したんだよ」

「ごめん……」

「うん?」

「悪かった。待ち合わせ、すっぽかしたりして」

「…………」

「本当にごめん!その……チケット無駄にして。ひな姉、あんなに楽しみにしてたのに」

「何か用事があったんだよね?」

「うん……えっと……一志と、サッカー」

「仕方がないよ。でも……出来れば、連絡して欲しかったけど」

「ごめん、本当に。気づかなくて」

電車の発着ベルが繰り返し届く。

それに次いで、帰宅する人の波がファサードから吐き出されていく。

ごうごういう足音が近接し、遠ざかり、また静かになった。

「もう夜か」

「うん」

本当なら今頃……パレードを見て、ドーナツでも食べて……だったろうに。

「ごめん……本当に。今度埋め合わせするよ」

(だから今日はこれで?おつかれ?)

「埋め合わせなんていいよ」

「…………」

「でも。よかったら……もう少し一緒にいたいな」

ひな姉が駄目かな、とばかりに顔を覗きこんでくる。

本当に怒っていないであろう、その表情が逆に心に沁みた。

「分かった……俺なんかでよければ」

まだ秋口とはいえ、夜風はそれなりの冷たさで体温を奪っていく。

(その上ひな姉はもう何時間、ここにいたんだ?)

いつの間にか、あがっていた息は落ち着いていた。

体にぴったりと張り付いていたシャツも乾きはじめている。

それに気が付くと同時にひたすらの悔恨が波となって押し寄せ、

「うがああああ」

「ソウくん?」

後悔臍を食むも益なし、といったところだった。



ひな姉が遠慮がちに腰に手を回してくる。

「もっとぎゅっと。危ないから」

「ぎゅっと、こう、もっと?」

「そう、そんくらい……でも汗臭いよな、ごめん」

「ううん」

地面を蹴ると、自転車は推力を得て進み始める。

結局、家までコレで送っていくことになった。

とてもじゃないがカラオケで歌う気分にはなれない。

「…………」

「…………」

(一時間くらいで着くかな)

(……)

(……)

(何話したらいいんだ!)

「ひな姉、あの……」

「なあに?」

「…………」

「…………」

「……なんでもない」

普段どうやって会話を始めていたかが思い出せない。

そんな中、ペダルを漕ぐ単調な仕事は気詰まりな空気から頭を救ってくれた。

「…………」

「…………」

すれちがうバイクのエンジン音が体を通り抜けていく。

カーブにあたる。ひな姉の腕がぎゅっと脇腹に食い込む。

曲がりきるとそれはまたすうと離れていく。

(……)

無意識に言葉が口を衝いて出る。

「……ひな姉ってさ」

「うん?」

「おっぱい大きいよね」

(しまった)

散々悩んだ結果がコレか。

(いっそ車道に飛び出したい……)

発言のれっきとした根拠……罪作りな球形の物体は今も背中をそっと撫でている。

しかしこいつに咎はないのだ。

「…………」

(聞こえてない?……助かった)

「ソウくん」

「う……」

「わたしのおっぱい、好き?」

「…………」

「どうかな?」

「……好き」

「へへへ、そうなんだ」

背後でもぞもぞと動く感触。

そのまま、ひな姉は囁いてくる。

「わたしも好きだよ」

「ソウくん」

「それもね、多分ソウくんよりもわたしの方が好きだと思うな」

「ソウくんいっつも、……そういうことする時これ、舐めたり揉んだりするでしょ。それもずーっと。わたしね、不思議だったの」

「こんなもの舐めたりして何が楽しいんだろうって」

「味がするわけでもないんだよね?わたしは気持ちいいけど、舐めてる間ソウくんじれったいんじゃないかな」

「だからソウくんにおっぱい舐めてもらってる間はね、なんだか申し訳ない気持ちになるの。こんなつまらないもの舐めさせて、って」

「でもそれと一緒にね、赤ちゃんみたいに一生懸命舐めてくれるでしょ。そうするとなんだか嬉しくなるの」

「このおっぱいがないと生きていけない、なんてソウくんに言われてるみたいで」

「本当はね、そんなことないんだろうけど。でも、」

ひな姉がしなだれかかってくる。

ぎゅうと腹に回された手が痛いくらいに締められる。

「ちょっとくらいは自惚れても許してくれる?」

「…………」

踏み切りで停止する。ひな姉の頭がこつんと背中に当たった。

「…………」

「…………」

「ソウくん汗くさいよ」

「……ごめん」

反対方向の矢印が新たに点灯する。

三本の電車が行き過ぎるのをずっと、息を殺して待った。

遮断機が上がる。

ペダルをぐっと踏み込む。

と、首筋にぞっと刺激を受けてふにゃりと脱力。

「ひやっ、なにすんだ」

「はぁっ……ん、ちゅ、ちゅっ……はむ」

「なにしてんの……」

「舐めるの」

再び耳元に静かな息遣いを感じた。

「お願い……元気出して。わたし、本当に気にしてないからね」


……

線路に沿って伸びる小さな商店街を抜ける。

この先暫く道は細まっていって、通りはうらびれる。

それでもまた駅が近づくに従って、ぽつぽつと店が現れるだろう。

おかげで迷うことはない。

「ひな姉、道、こっちで合ってる?」

「どうだろうね?」

それから家に着くまで。

沈黙に身を任せながら、ただゆっくりとペダルを漕いだ。

二人の時間を長引かせるように。



「ソウくん、お腹減ってるでしょ。家……寄ってく?」

「え、どうしよう」

「埋め合わせ、なんでもしてくれるって言ったよね」

「言った……」

「そのね、お父さんに挨拶していってくれる?」

「うっ」


暗転