エロゲー 夏ノ雨 ひなこss『押し問答』

夏ノ雨 ひなこss『押し問答』
説明
在りし日の翠ちゃんと宗介



「翠、暇だろ?ボール投げてくれよ」

「えー、あたし忙しいのに」

「駄菓子かじって寝転がるのにな」

「よいしょっ」

空を見るのに、とかもう少し詩的な言い方があると思うんです。

腹筋で反動をつけて飛び起きると、肌を刺す晩秋の旋風。

背中をはたくとパラパラと草葉が落ちていきました。

ついこの間まで付近一帯を覆っていた雑草の緑も隙間隙間に土色が目立つようになり、

それに混じって茶色のもの灰色のもの。

もう、衣替えの季節が近づいてきています。

「足に投げればいい?」

「おう、いつもの基礎練のやつ」



「休憩〜コーヒーブレイク!」

「駄菓子屋しか無いって」

「お疲れさまっ」

ばたん、と草野に倒れ伏します。

やっと辿り着きました。帰って来ました。

基礎練習の後ロードワークにいく桜井を自転車で追いかけて、

野次を飛ばしつつちょっとしたマネージャー気分を満喫していたのです。

ですが……いかんせん坂道が多過ぎました。もうヘトヘトです。

「桜井、ジュース買って来てよぉ」

「翠のおごりな」

「なんでよぉ、ってあれ……?シャツ、それどうしたの」

桜井の背中に汗でべっとりと張り付いた布地に、あるべき疵が見当たりません。

青と白のストライプが見目に印象的なゲームシャツ。

確かスペインかどこかのチームのレプリカユニフォームと言っていました。

それが二三日前遊んでいるときにビリと破けてしまったのです。

きっとお気に入りなのでしょう。あの時桜井は大分ショックを受けていましたが……

その疵が今、跡形なく消えていました。

なんで直ってるんでしょう?

「桜井、ちょっと集合」

「なに?」

「……へぇ、買い直したわけじゃないんだ」

一歩の距離に近づいてようやく、それらしき縫い目が見つかりました。

生地の色に合わせて数種類の糸が使い分けされています。

それと思って見てみないと分からないくらいの自然な仕上がり。

(……カツラの宣伝文句みたい)

「お……妹ちゃんが縫ってくれたの?」

「なにが?ああ、これか」

ぐいと引き寄せて見てみると裏側から当て布をしてあります。

(気が利いてる……)

ただ疵を塞ぐだけではすぐにまた穴が広がってしまいます。

男の子ってサルのように激しく運動しますから……勿論いい意味で。

さらにシャツを手繰っていくと、ひらひらするタグに黒い影。

1-A さくらいそうすけ。

形のキレイに整った文字が並んでいました。

(似合わないよ……似合わない)

あたしはぶっと噴き出しそうになりながらもぐっと堪えます。

「妹ちゃん裁縫得意なんだ?」

「朋実がこんな器用な真似できる訳ないだろ」

「そうなの?でもお……」

再び、お母さん、と言いかけたのを飲み込みます。

普通ならお母さんが丁寧に繕ってくれたものとしてこれ以上はない説明がつけられるのです。

夜なべ仕事でミシンを回す母。その後姿を見て子供は育つ……古きよき日本の風俗の片端です。

ただ、あたしはここ暫くの間で、桜井のお母さんが普通でないという事実を痛いほど身体に教えられていたのでした。

そうすると残るのは……意外な結論ですが。

「えっ……じゃあこれ縫ったのって残った……」

「そうだ」

妖精さんなの?」

「違えよ!」

「桜井は裁縫なんてできないもん」

「裁縫くらい……できないけどさあ」

そういえば、妖精さんが人の寝ている間に仕事をこなしてくれるという未来の派遣会社のお話がありました。

宿題をやってくれたり、庭の草むしりを済ませてくれたり。

朝起きるとすべてが綺麗に終わっているのです。

……実は夢遊病のようにして寝ている自分がやっていた、というオチも綺麗でしたけれど。

「あれ?じゃあ誰が縫ったのこれ」

「ひな姉だけど」

「ひな姉……?」

「おお」

「やっぱり妖精さん

「はあ?」

「だって桜井お姉ちゃんなんていないじゃん。妹ちゃんと二人兄妹でしょ」

「そりゃそうだけど……お前本気で言ってんの?だとしたら人格を疑わざるを」

「桜井頭大丈夫?」

「おいコラ」

それにしてもひな姉、なんて。

「実は半分血の繋がった姉がいたとか」

「いねーよ。ひな姉はほら学校の、一個上の先輩。伊東ひなこって聞いたことないか」

「伊東せんぱい……」

「翠に言ってなかったっけ、こっちに出てくる前からの知り合いなんだ」

「あっ、水泳部の!」

夏にお呼ばれして何度か練習に混ぜてもらったから覚えています。

とても、おっとりした……お嬢様みたいな……?

「水泳部の伊東先輩?あの、おっとりした感じの」

「そう。なんだ、知ってるのか」

あたしは……

桜井……

「桜井……」

「うん?」

「ぶふっ……くっ、くはは」

「んだよ急に何笑ってんだ」

「えへへ、ひっふ、あははは」

「おいヒトのこと指差して笑うんじゃねー」

「だってだって、目つき悪い素行悪い態度悪いのワルガキ桜井がだよ、ひな……くっ、伊東先輩つかまえてひな姉ってっ……」

「ひな姉のことひな姉って呼んでなにが悪いんだよ」

「ぶっ……っ桜井、もうやめて!」

いいとこのお嬢様然とした伊東先輩と桜井なんて一見して何の関連もなさそうなのですけれど。

世の中には私の知らないことがまだまだたくさんありそうです。

「桜井は何て呼ばれてるのひな姉に……って宗介ちゃんしかないよねえ、宗介ちゃん」

「誰が言うか。そのニヤケ面やめろ」

「えー教えてよ宗介ちゃん」

ほっぺたをつついてやります。

ぞわ、と桜井の肌が粟立つのが分かりました。

全く失礼な話です。

「宗介ちゃん携帯借りるよ」

「あっ、コラ!」

「ふふふ、かけちゃうもんね」

「返せコラ」

「伊東先輩伊東せんぱい」

電話帳を開くとすぐ伊東ひなこ、の文字が視界に飛び込んできました。

「あっ、ホントにあった……」

電話帳の登録件数の少なさにもびっくりしてしまいますが……

あで始まる名前なんて沢山ありますから普通スクロールしないと伊東の文字は出てこない筈なのですけれど。

言わないでおいてあげましょう。

それに、それはちょっとばかり……悪くない話です。

あたしの名前もきっと、その少ない電話帳の中に入っているのですから。

「かけちゃおうかな……どしようかな……?うふ」

「やーめーろ」

「だって桜井が教えてくれないのが悪いんだもん」

完全に悪ノリです。

伊東先輩のご迷惑になってしまいます。

でもなんだかウキウキして、気がついたら携帯のボタンを押し込んでいました。

「あっ……」

発信中……発信中……の表示をぽかんと眺める二人。

間を置かずに表示が通話中へと切り替わります。

「もしもし。ソウくん、どうしたの?」

「…………」

「ソウくん?」

「…………」

「あら……聞こえてる?電波悪いのかな。おーい」

「もしもし」

「あっ、ソウくん?」

「ん、ん、ん。勿論だよ」

「そうだ、わたしちょっと用事があったの。ちょうど良かった」

「…………」

「あのね、おととい行った時に見つけちゃったんだけど。ソウくんベッドの下にもう着ないお洋服放りこんでるでしょ」

「時間なかったからお洗濯できなかったんだけどなんだか気になっちゃって。駄目だよ、キチンと畳んで袋に入れておかないと。虫に食べられちゃう」

「おーい、ソウくん?それでね明日、晴れると思うから。朝早くになっちゃうけどお邪魔してもいい?」

「洗って干して、段ボールか何かにまとめちゃいたいの。また着たくなった時には呼んでくれたらいいから」

「間違ってもそのまま着たらだめだよ?樟脳はあんまり身体に良くないの」

「えっと……そういうことなんだけど、駄目かな?」

「ごめんね、ソウくんは寝てていいからね」

「…………」

そこまで聞いてあたしはそっと携帯の電源を切りました。

桜井は耳をそばだてる体勢から速やかにヤンキー座りに移行してあたしにメンチを切っています。

慣れてしまえば別に恐くもなんともない顔なのですけれど、これでクラスの子達は少し恐がってしまうのでしょう。

桜井としては冗談でやっているに決まっているんです。

そんなだから友達が少ないのです。駄目だよ女の子には愛想よくしないと……

(あ、今は本当に怒ってるのか……)

どうしましょう。

決まっています。やられる前に

「誰よこの女!!」

「はあっ?だからひな姉だ。ってお前がかけたんだろうが」

「あたしというものがありながら……くすん」

彼女がいたなんて初耳です。

なんだかひとり取り残された気分。

それに、いたならいたで言ってくれればいいのに……水くさい。

なんだか釈然としません。

「桜井の裏切り者っ!淫行教師っ!」

「どういう意味だおい」

「へんだ。ばーか、ばーか!て痛いいっててごめんなさいごめんなさい」

容赦なく捕捉され拳骨でキリキリ頭を絞められます。

痛い、痛い、痛い。

あたし、女子、あたし。

必死のジェンダーアピールは黙殺され……

「ぎゃあああぁ」

刃折れ矢尽きるまで、理不尽な拷問の憂き目に遭ったのでした。



「重大な背任行為が確認されましたがそれについて釈明はあるの桜井」

「なんだよ背任って」

「彼女持ち!だったなんて!聞いてない!」

「はあ?そんなんいねーよ」

「まだ白とぼけますか被告人」

ばんばん、と左手(金床)に右手コブシ(木槌)を振り下ろします。

「伊東先輩と付き合ってるんでしょ」

「付き合ってない」

「悲しいよ、何でも打ち明けられる仲になったと思ってたのに。あたしのひとりよがりな勘違いだったのね……」

「そっちは勘違いじゃない、こっちが勘違いだ」

「たまにいいこと言うね、桜井は」

「うん?」

「でもさあ、桜井水くさいよ。怒ったりしないから教えてくれたらよかったのに」

「だからそんな事実はないんだって」

「オトコはいつもそればかり、徒し女は泣き寝入り……よよよ」

「しつけーぞさっきから。そんな言うんだったらもう一回電話して聞いてみろよ」

「やったね!」

「おい待て」


それから……

「痛い!痛いってばソウくん」

「だからそれヤメロっての」

「桜井のイジメっ子!鬼畜眼鏡!」

その日、真ん丸い太陽が沈んでしまうまでずっと、あたしは桜井をイジメて遊ぶのでした。


暗転