エロゲー 夏ノ雨 翠ss『定価』

夏ノ雨 翠ss『定価』
説明
翠ルート序盤
デパートに行く翠ちゃんと理香子



「あっ、」

「どしたのリカちん」

「あの人……持って行かれちゃった!わたしのスカート!」

「スカート、さっきの試着したやつ?」

「違うわ、その後の。ペチコートとセットになってたやつよ!」

「ああ……残念だったね」

「ちょっと。残念だったね、じゃないわよ。翠だってさっき似合うって言ってたじゃない」

「リカちんって意外と少女趣味だよね」

「もお……なによ。気にいってたのに。買っておきたかったのに」

「拗ねないの」

「翠のせいじゃない。あなたが止めるから。これなんてどう、駄目駄目まだ高いよ、なんて」

「リカちん、落ち着いて。心を整えて」

「うるさいわよ!」
「しょうがないことなの」

「なにがよ」

「駄目駄目、まだ高いよ。一周目であたりをつけて夕方まで待つの。さっき言ったでしょ」

リカちんが柄にもなく激昂しています。

ああ……あたしの至福の時間です。

いえ、決してわざと怒らせているわけではないのですが。

「夕方になったらタイムセールで割引なるんだよ?」

「そうよ。でも気に入ったのが無くなったら安くなっても仕方ないじゃないっ」

「沢山服はあるよ、それこそ一日じゃ回りきれないくらい。また探せばいいじゃん」

「あのスカートがよかったのよっ。裾のチュール可愛かったのにっ」

「まあまあ、ほら。いいこいいこ」

「触らないで」

「あたし生まれたときからこのデパート通ってるんだから。いわばホームグランドなわけ」

「うぅっ……裾のチュール、ピンクだったのにぃ」

「このフロアには108のテナントがあるの……」

「嘘よ」

「ここはその中で最弱の存在……リカちん、スカート一本でいい気になるなよ」

「むしろ不快なんだけど」

「残り107の悪夢がお前の財布を襲うだろう」

「…………」

「つまりね、どうせ全部は買いきれないんだよ。だったら一つでも多く見ておいた方がいいでしょ?」

「ううん……」

「あたしたちが何故ここにいるか。それはバーゲンだからです。安い買い物買い叩きたいからです」

「……悔しいものは悔しいもの」

「バーゲン価格のさらにタイムセール割引」

「ああっ……」

「いいでしょ」

「甘い響きね」

「お財布の中身もしれてるんだし。節約したら一着多く買えるよ」

「でも……そうかもしれないけど。なんだか納得いかないわ」

「ほらほら、次行こっ」

腕を引っ張ると、リカちんはわたわたと足を絡ませます。

ああ、心がまださっきのスカートに引きずられているのでしょうか。

気持ちはあたしにも分かるのです。

バーゲンとはこれ即ち一期一会。

ゲーテは言いました。

至言です。

ここレディース・フロアは広大、渺茫たる滄海に似て無辺際の広がりをみせていますが、

いくらテナントが沢山あったとしても、同じブランドを仕入れるような店舗の数は限られています。

それらの間で調整が働いて、同じ洋服は複数店舗で同時には並ばない。

これをディズニーランドに同じネズミが二匹並ばないの法則と言います。

このD法則に則って考えると、リカちんのさっき逃したスカートはもう……見つける事は叶わないでしょう。

幸運の女神に後ろ髪はありませんがバーゲンの女神様もしかり。

同じ床屋に通っているんでしょうか。

何故通い続けているんでしょうか。いつか若気の至りと顔を赤くする様子が目に浮かびます。

……とはいえ。

リカちんのお気に入りのスカートを陳列棚に戻したのは女神様でなく、あたしでした。

ちょっと責任を感じてしまいます。

「ううん……」

似たような……ええと、膝丈のセミフレア?

チュールがお気に入りということはフェミニンな……

リカちんですからコンサバ系で探せばよいでしょうか。

直ちに脳内コンピュータで検索。できるわけもなく。

あたしの勘ピューターが告げています。あっちの方!

立ち錨よし、起き錨よし。曳航開始。

「おっと」

引く手の重みに振り返ると、リカちんはまだいやいやをする子供みたいにさっきのお店を見つめていました。

「リカちん、そんな過ぎたお店は放っておいてさぁ……あたしを見てよう」

「いやよ気持ち悪い」



「これなんか桜井に似合いそう」

「高いわね、なんで、こんなの柄シャツにプリントしただけじゃない」

「版権とか色々あるんだよ」

「ふぅん」

「リカちん、返事がつれない」

「しょうがないわよ。だって興味ないもの」

「うわぁ……」

本人には決して聞かせられないセリフをいただいてしまいました。

こういうの、リカちん結構好きなんじゃないかと思ったんですけれど。

(着せ替え遊び……少女趣味ここに極まれり、って感じなのに)

タイミングが悪かったのかもしれません。

バーゲンクロイツ病です。

頭の中がバーゲンに占領されてしまっています。

最寄のテナントを検めてはまた次へ、という機械的な作業に中毒性が生まれてくるのです。

「リカちん、青いな」

「何か言った?」

「ううん」

「それより翠、こっちの方が安いわ。ほら、同じ模様のなのに」

「本当?」

リカちんはシャツをすっと掲げて見せてくれます。

胸には大きくスポンサーのマークが。PIRELLO。

「あ、それパチモノだよ」

「そうなの?同じに見えるけど」

「デザインは一緒なんだけどね」

「いいんじゃないコレでも。気付かないかもしれないわよ」

「気付かなそうだなぁ……だってバカだもん、桜井」

「問題ないわね」

「ううん……駄目駄目。だってほら、それを桜井が着るじゃない」

「はあ」

「あたしはそれを見るたびにああ、きゃっつは本物だと思って着てるけどこれはパチモノなんだ……ってなんだか罪悪感」

「いいんじゃない。間抜けっぽくて」

「リカちん鬼畜」

「買ってあげるんだったらそれくらいいいじゃない……」

言いながらも、リカちんは諦めたようでラックにシャツを戻しました。

そのまま、近くのコーナーをあーでもないと物色し始めます。興が乗ってきたのでしょうか。

あたしも……手元に抱えたシャツをもう一度眺めます。

「でもコレいいなあ。買ってあげようかな。桜井好きそう」

「好きにしたら」

「ううん……」

「何よまだるっこい」

「まだるっこしいて……江戸っ子?ちゃきちゃきの」

「知らないわよ、ほら。買うなら買う、買わないなら買わない。好きにしなさい」

「なんだかお母さんみたい」

「わたし面識ないわよ」

言われてみれば、ウチに呼んだことはありませんでした。

もし誘ったら、リカちんは素直にお呼ばれされてくれるのでしょうか。

ウチの弟はヤカマシイですから、リカちんに懐きそうです。

(ううん……誕生日?)

誕生日パーティー、くらいの口実があれば来てくれる気がしますが。

(それってあたしの誕生日を祝いなさい、ってことだもんなぁ)

なんだか恥ずかしいヤロウになってしまいます。

「翠、どうするの」

「ふえ?」

「その服よ。好きにしなさいって」

「そうだね……好きにする」

「じゃ、次見に行きましょ」

リカちんはずんずんとテナントの外へ歩いて行ってしまいます。

「ああちょっと待って。えっと……サイズLの……あと三着かぁ」

「先行くわよ」

「あぁん、待ってよリカちん」

「なにぐずぐずしてるのよ」

「だって……あと三着なんだよぉ」

「それが?」

「なくなったらヤダなあ、コレ。気に入ったし」

「なくならないわよ。三着もあるんでしょ」

「そうだけどさっ……ひょいって三人組がセットで買っていくかもしれないし」

「しれなくないです。しれなかったとしても諦めなさい」

「覆面三人組がネコババしていくかもしれないし」

「いきません」

「リカちんちょっと待ってて。これ買ってくる」

「はあ?ちょっと待ちなさいよ」

「すぐだからっ」

「そうじゃなくて。翠、タイムセールまで待てって言ったのあなたじゃない」

「でもなくなっちゃったらやだもん」

「…………」



「ずずず」

「音立てないの。はしたない」

「ぶくぶくぶく」

「……翠、殴るわよ」

「ごめんなさい」

カモミールティーにはリラックス効果が!

なんて初めに謳ったのはどこの誰なのでしょうか。

少なくとも今、あたしの棒のようになった足には何の効果も挙げてくれていません。

(遅効性です、って意味無いなぁ)

お買い物も一段落して、フードコートでカフェーと洒落込んでみました。

足元には本日の戦果の山、山。

「リカちんは元気だね……」

「わたしも流石に、疲れたわよ」

「目がギラギラしてる。殺し屋の目だ」

「確かに、翠一人くらいならやれる気がする」

「ぐあー……今頃桜井はベッドで漫画読んでるのか……いいなぁ」

「創造性のない行動に耽ってるだけでしょう。どこがいいのよ」

「うーん、足がむくまない?」

「それはちょっと……羨ましいけど」

「あたしもうパンパンだよ、ちゃんとスニーカーで来たのに」

「翠が言うからわたしもそうしたけど。でも今度はせめてローファーで来ようかしら……」

「うわそれ後悔するよ」

「でもパンツ合わせるとき違和感あるのよ、姿見見ると」

「洋服のために死ねる発言だね」

「それくらいで死なないわよ」

「分かんないよ?今日もアドレナリン切れたらきっと大変」

「言いすぎよ。それにわたし、この後スーパー寄って晩御飯作らないといけないし」

「うわ」

「さすがに一回帰って荷物置いてからにした方がいいか……でもそれだと家出るの面倒になりそう」

「リカちんの手料理……桜井いいご身分だなぁ」

「別に宗介のために作ってるわけじゃないけど」

「くそー、むかつく」

「この年になってもドロ遊びして帰ってくる宗介みたいなのはね、社会に出てから後悔するのよ」

「イタ電かけてやろうかな」

「無駄よ……っていうかそれって料金あなた持ちだけど」

「そうだった……」

「ふふっ、翠それ、バカバカしい」

「不覚っ……」

ばたり、とテーブルに突っ伏します。

グラスのかいた汗が小さな水たまりを作っていました。

あたしの頬の下に。

「うぅ……つめたい」

避ける気力も湧いてきません。

「ん、翠それ。ストラップ」

「あ、これ……?いいでしょ」

「ストラップ、ストラップかあ……」

「桜井にもらったんだ。おそろいなの。私のが少し小さめで」

「ふぅん、宗介がねえ」

「ほら、リカちんには前言ったでしょ。武田君とひな先輩がデートしたって」

「あぁ……」

「あたしと桜井でねっ、見つからないように後を尾けたんだよ」

「何やってるのよ……悪趣味」

……

デートを尾けていったくだり。

デートをしたくだり。

電柱の陰に隠れて、ドキドキしながら覗いたこと。

メールで指示をだしたこと。

茶店で黙り込む二人を汗を垂らして観戦したこと。

二人が上手くいくように、二人でアイデアを出し合って。

二人でアイスを食べて、ゲームセンターに行って。

ラーメン屋の行列に一時間かけて並んで、五分で食べて。

ブティック、出店、お洒落たカフェ。

彼氏と彼女が行くようなところを、彼氏と彼女みたいな顔でひやかしたこと。

そして最後に、その日の思い出を忘れないように。

何か欲しいなあ。

どうしてでしょう、そう思いました。

ぽかんと眺めていた露店。桜井は、まるであたしの心を読んだみたいに……

「ふふっ、桜井ガキっぽいんだから。大変だったよ」

「そうなの」

「口も悪けりゃ態度も悪いし。うわ高けぇ、とか店員さんの前で言うし」

「はあ」

「おまけにランジェリーショップ通る時ちらっちら見てたし」

「ふうん」

「それから、それにねっ」

でもまあ……ちょっとは、楽しかったと言ってあげてもいいかもしれません。

誰か女の子の彼氏としては、及第点をあげましょう。

まだまだ、桜井に彼女なんて出来るわけないですけど。

「あたしね、生まれて初めてだったんだよ、デート」

それまでは、

「ま、予行だけどね。予行」



「そうだ、リカちんコレ。桜井にあげといて」

「翠が買ったんでしょ。自分で渡しなさい」

「ううん、何だか照れるし。それに早く渡したほうがいいでしょ鮮度落ちるもん」

「なんの鮮度よ……」

「てぃっ」

「あぁそんなぶちって……タグ取るときはハサミ」

「よし」

「よくない。無駄に高い買いものしたんだから。丁重に扱いなさいよ」

「なんだか恥ずかしくなってきた。なんであたしが桜井にプレゼントしなきゃいけないの」

「自分で買ったんでしょが」

「ねえリカちん。これって変じゃないかなぁ」

「別に」

「ウソだよなんか恥ずかしいもん」

「…………」

「ね、リカちん。半額だったって言っておいてね!」


暗転