エロゲー 夏ノ雨 ひなこss『こころ』

夏ノ雨 ひなこss『こころ』
説明:ひなこルート、エピローグよりは少し前。
得意の踊りを披露する理香子



ある晩のことである。
「それで……?結局何が言いたいんです?」
「だから、その、色々考えたんだけど、自分じゃ気が付かないところが気になるのかなって思ったの。それなら教えてもらわないと直せないでしょう?でも絶対、面と向かっては言ってくれないの。ソウくん優しいから」
「はぁ……」
「あっ、嫌じゃないんだよ?ただ考えてると不安で……それで」
「それで?」
「やっぱり家族ってお互いのことよく分かると思うし……」
「…………」
「……どうかな?理香子ちゃんはどう思う?」
「私に意見を求めてるってことですか」
「うん。どんなことでもいいの。お願いします」
「じゃあ一つだけ……何を訊かれてるのか微塵も分からない」
「待って!どこ行くの!?」
「……手を洗うんです」
「なんで?」
「家に帰ってきたからです」
「……あ、おかえりなさい。理香子ちゃん」
ある晩のこと。家に帰り着くなり私は――
――絡まれていた。学校の先輩に。

またか……。
しまった……商店街にでも寄ってくればよかった……。
思わず眉間にシワが寄る。
思わず――半ばワザとやっているのだが、この気持ちは目の前の彼女にはいつだって伝わらないのだ。
先輩は私の前に回りこむと、小動物のように小首をかしげ目を覗きこんでくる。
「どこかお出かけしてきたの?」
「バイトです」
「そっか。あ、お茶入れるね」
そう言うと先輩はキッチンへ小走りに駆けていった。
「あ……」
パタパタいうスリッパの音だけが残される。
どうやら、リビングで一緒に茶をしばけということらしい。
喉なんて渇いてない。
まったく……。
このままフケてやろうかしら……。
部屋に閉じこもったところで、直ぐ呼びにくるのは目に見えていた。
ガスコンロを捻る先輩の後姿を眺めながら、私は上手い言い訳に思いを巡らせてみた。

「どうぞ、熱いから気をつけてね」
「はあ……」
「あ、そうだ。お茶っ葉新しいのにしてみたの。今日のはぁ、八女茶っていうのよ。九州の柳川温泉の近くで穫れたんだって。玉露だから低い温度で入れてくださいって言われて、そうしてみたんだけど」
「じゃあ熱くないじゃない……」
「ふふ、そうだった。でね、低い温度ってどれくらいですかって聞いたら、お風呂くらいの温度です、って。わたしびっくりしちゃった。なんだかね、そうするととにかく甘いお茶になるんだって。言われてみたら少し違うかなあとも思うんだけど、でも飲んで最初に思ったのがね、ぬるいなあってことだったの。えへ、馬鹿みたいだよね。あっ、理香子ちゃんも飲んでみて?」
「ぬるい……」
「だよねえ」
「でも確かに甘い」
「あ、凄い。理香子ちゃんは分かる人なんだ。わたし味音痴なのかも」
「味音痴は例外なく料理が下手だと思うんですけど。あなたはそうじゃないでしょう?」
「そうかな。ありがとう」
「でも、やっぱりお茶はもう少し熱いほうがいい気がする」
「それじゃ次は普通の温度で淹れてみよっか」
「…………(ずずず)」
「ふう……」
「…………」
「落ち着くね……」
「……ねえ、あなた。落ち着いているところ悪いんだけど」
「どうしたの」
「なんで居るの?」



「ええと、つまり宗介はどこいるのかってことよ。今日は一日暇だって朝言ってたわ」
「ソウくんはね、一時間くらい前かな……電話が掛かってきて。翠ちゃんから。それで出かけて行っちゃった」
「ふうん……」
「付いて行っていい?って訊いたらダメって言われちゃった」
「そうですか」
「あ、そうだった。それでね、さっきはごめんね」
「はあ……」
「あの、帰ってくるなり詰め掛けちゃって。ごめんね、アルバイトで疲れてるよね。わたし理香子ちゃんに相談したいことがあって、それでちょっと焦っちゃってたみたい。反省します」
「それはまあいいですけど」
「ホント……?許してくれる?」
「う……はい……」
「じゃあ改めて、その、相談したいことがあるんだけど……いいかな?」
「はぁ……分かってます……どうぞ、私でお力になれるんでしたら。それで、宗介がなにしたんです?」
私が御座なりにそう問うと、先輩は深刻な口調で語りだした。
それはもう、要約すればきっと一言で済む話。
もっと言うと、私は話を聞く前からその内容を知っていた。
エスパー?
違う。残念ながら、人間の脳は繰り返された出来事を勝手に記憶してしまうのだ。私は思う、鶏になりたい。
入り口が違うだけで、この人の私にする相談はいつも同じ。
どうせ直ぐに仲直りしてベッタベッタし始めるんだから、私の答えに意味なんてないのだ。
「それから……?そう……それなら多分、なにかの勘違いだと思いますけど……」
今日の内容はこうだ。
宗介が、食べたいものは特にないと言う。これはフェイズ・ワン。”ソウくんが構ってくれない”
最近手を握ってくれない。同上。
今日は布団を干さなくていいと言う。部屋の片付けは自分ですると言う。同上。
続いて、フェイズ・ツー。”とりあえず何かしてみたら裏目
隣に座って宗介の指を撫でていたら、暑いと言ってトイレに立ってしまった。
散らかっていたDVDの整理をしていたら何故か慌てた宗介に制止された。
流れるようにフェイズ・スリー。”こうかもしれない、ああかもしれない”
昨日の晩御飯が気に入らなかったのかもしれない。
この洗剤の匂いが好きじゃないのかもしれない。
部屋の片付け禁止っていうのは何かプライベートの空間に入ってくるなってことかもしれない。
それからフェイズ・スリー・ダッシュ。”わたしのこと飽きちゃったのかもしれない”
そして最終フェイズ。この頃にはもう、この世の終わりのような顔で、
「理香子ちゃんはどう思う……?」

「だからあなたは、部屋の片付けをするなって言われたら部屋の片づけをして欲しくないんだなとだけ思ってたらいいんです。何も暗に示したりしてないの。宗介にそんな頭があるはずないでしょう?」
全く、私も人がいいと思う。
「指を撫でてて逃げられたのは照れただけ。DVDは……まあ、いずれ分かると思います。大したことじゃないの。いや、モノによっては大したことになるかもしれない……」
別に二人の関係がどうなろうと私の知ったことではないのに。
まあ、宗介が振られてウジウジしだしたら鬱陶しいし。
ああ見えて結構女々しいとこがあるから、ヤケ食いして激太りしたりとか……。
そしたら指をさして笑ってやろう。最近の宗介はどうも調子に乗ってる気が……これはさておき。
無駄と知りながら相談に乗る私は、無意識に弟の応援をしているのかもしれない。
だとしたら、知らぬ間に私も姉が板に付いてきたみたい。
「ちょっと確認してきます……いや、いいから。付いてこないで」
あとは……そう。恋なんてただの勘違いだから。いつか醒める夢だから。
一時の勘違いに踊らされてるこの人を反面教師として、私はこの持論をより確かなものにしていくのだ。
「話を整理すると、あなたは宗介に不満があるってこと?」
「え……全然違うよ?」
「そうでしょう。逆に、宗介は何が不満なのか知りたいってことなんでしょう?だったらまず現状を正確に把握するところから始めるべきです。自己卑下してなんでも自分が悪いに違いないって考えるから、本当に悪いところが見えてこないの」
「でも、いけないものはいけないし……」
「いい?昨日のオムライスは美味しかった。不本意ながら認めましょう、これは厳然たる事実です。ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした……?」
「ですから、昨日の晩御飯が気に入らなくて、結果今日のお昼のリクエストがない、という主張はあなたの妄想の産物で事実ではありません。因果の誤りを孕んでいます」
「理香子ちゃん?」
「同様に一つづつ可能性をつぶしていきましょう。現状さえ正確に認識できれば、今みたいにしょうもない妄想から演繹することがなくなります。するとどうなるかっていうと、不思議の森が林になります。森を健全に保つために根っこの腐った木を伐採したい。それならまずその木を見つけないといけない。どうやって切り倒すかは見つけてから考えましょう。まず見つける。ゴールを設定しました。じゃあそのゴールに到達するためにどうすればいいか。あなたの体は一つしかなくて一本一本調べていくしかないんですから、作業にかかる前に出来る限り捜索範囲を狭めておくのが効率的です」
そう、一時の勘違いに踊らされるこの人の無様を教訓として、逆説的立場から人生を構築するのだ。
だからなんていうか、親身になって考えているように見えるけど、実は利用しているだけっていうか……肉を切らせて骨を断つ、みたいな……遠大な目標が……
「それで私なりにあなたの妄想を間引いてみました。そしたら何も残りませんでした。つまり、宗介はあなたに特に不満を持っていません。ちなみに私はたくさん持ってます」
「ええと……」
「何か文句あるんですか?」
「ううん」
「……それでもこうして上手く関係できない事態が起こってるんです。明確な原因が見つからない以上、お互いに少しずつ歩み寄って修正していくしかないでしょう。あなたが一方的に遠慮しているのでは、何も解決しないんです。いつか無理が来るんです。だからまず訊きます。あなたは宗介にどうして欲しいんですか?」
「もっと甘えて欲しい」
「うっ……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないです……ちょっと悪寒が」
「大丈夫……?」
「……ええと、それじゃあどうやったら宗介があなたに甘えるようになるかを考えればいいんですね。あれ、もう散々甘えてる気がするんだけど」
「足りない、もっと甘えて欲しいの……!」
「ううっ……」
「理香子ちゃん?」
「ああ……いや、気にしないで。そうね……そう言ってみたらどう?」
「そんなの恥ずかしいよっ」
「私も……上手くいくところ想像したら胃が重くなった……ズシンときたわ……他の方法にしましょう」
「ソウくん、何でも一人で出来るようになっちゃったから……」
「それはどうですかね……じゃあ、宗介がすべき仕事をあなたが代わりにしたいってことなの?」
「それは違うかな……なんていうか、わがまま言って甘えて欲しいの」
「日本語でお願いしたいんですが」
「疲れた!風呂!メシ!寝る!膝枕で!みたいな」
「それは一体全体どこが嬉しいんですか……?」
「膝枕かな……」
「前四ついらないじゃない……いや、いるのかも。ああ、つまり、要求を満たしたいからまず何か求めてくれってこと?」
「そうかも」
「ちょっと分かってきたわ。いや、どうすればいいかは全然わかんないですけど。人として全く理解もできないですけど」
「えっへへ」
「でも困るわね。どう考えても、宗介ってああしろこうしろ言うタイプじゃないし……」
「そうなの。困ってるの。でもわたしね、そういうソウくんも好きだから困ってるの」
「あなたは宗介ならなんでもいいって言うでしょう?それじゃ困るって私はさっきから言ってるのに……人の話聞いてます?」
「え?聞いてるよ?」
「じゃあなんで人が真面目に考えてるっていうのに、あなたはニヤニヤしてるんですか」
「えっと……理香子ちゃんが私のこと真面目に考えてくれてるのが嬉しくって」
「な、ちょっと……!これは、あなたがふにゃふにゃしてちゃらんぽらんだから仕方なく!」
「うふふ、ありがとう。理香子ちゃん」
「やめ……止めてください!ほら、宗介のこと考えましょう」
「理香子ちゃん、かわいい」
「あ……あなた……いい加減に」

私が不覚にも二の句をつげなくなってしまった丁度その時のこと。
この先輩は急に今までの全てを忘れたかのように、神妙な顔を作り静かになった。
それで、トントントンというコンクリートを叩く微かな足音が聞こえるようになった。
足音が止まると、続いて鍵穴に乱暴に鍵を刺すガジャガジャいう音が響いて、最後にカチッとシリンダーが回った。
宗介が帰ってきた。
それを理解するのに少し時間が掛かった。
リビングで立ち尽くしていた私の耳に、宗介と誰かの会話する気配だけ届いた。
誰か連れてきたのかと思った。
それで私も玄関に行くことにした。
玄関では、宗介がこちらに背を向けて靴を脱いでいた。
他には一人しかいなかった。
さっきまで私に、ああでもないこうでもないと相談を持ちかけていた先輩その人である。
宗介の会話の相手は彼女だった。いつの間にか玄関に迎えに出ていたらしい。
……ついさっきまでの相談相手をリビングに放置して。
宗介の声は陽気で機嫌が良さそうだった。
しかし彼女の調子はさらに明るかった。
彼女は宗介のスポーツバックを受け取ると、両手で大事そうに抱えた。
私はその表情がにわかに輝いて来たのを見つめて、ぼんやりと思った。
おいおい、なにをニコニコしてますか貴方は、と。
脳裏に浮かぶのは、私が帰ってきた瞬間に詰め寄ってきた、彼女の追い詰められた表情だった。
飽きられてしまったんじゃないかと、壊れたテープレコーダみたいに繰り返すその表情だった。
それと目の前の無防備な笑顔とを比べているうちに、沸々と、とある感情が浮かんできた。
そう――
今日もまた肩透かしを食らった私に向けて、それから目の前の二人に。

苛立たしい!!


暗転