エロゲー 夏ノ雨 ひなこss『サワガニのいない川』

夏ノ雨 ひなこss『サワガニのいない川』
説明:追試失敗エンド、二ヵ月後。
いわゆる今年の夏は特に何も起こりませんでしたエンドの後の、ひなこさんと宗介



特集:都合のいい女

都合のいい女になっていませんか。
彼が喜んでくれるからと何でもしてあげていませんか。
彼の好きな料理を作り洗濯物を片付けて、それが当たり前だと感じていませんか。
そうして、ありがとうの一言で報われた気持ちになっていませんか。
ちょっと待ってください。
そのありがとう、ちょっと待ってください。
それは本当にあなたに向けられた感謝の言葉でしょうか。
例えば、彼はありがとうとあなたの目を見て言ってくれますか。
食事を食べ終わった後もあなたの側にいてくれますか。
休日には二人で外に出かけますか。
もしそうでないなら、あなたは都合のいい女になっているのかもしれません。
彼のありがとうはあなたに向けられた言葉ではないのです。
上げ膳据え膳の贅沢に感謝している、ただ、それだけ。
愛ゆえの奉仕、無償の愛――言葉にすると聞こえのよいこの状況は決して、恋人として好ましいものではありません。
むしろ、彼の心があなたから離れてしまう遠因となるのです。
それはどうしてか。
25ページから”都合のいい女”総力特集です。

「…………」

前田:自分を見失っている点は先ほど挙げた娼婦マインドの例と同様です。
――なるほど。
前田:彼から愛されたいと思えば思うほど、彼に何かを与えることでその見返りとして「愛される」ことを期待しているのかもしれませんね。
――それでは次に、都合のいい女に対する男性の心理はどのようなものでしょうか。
前田:単純に楽だ、の一言に尽きます。無料で来てくれるお手伝いさんを追い返したりはしないでしょう(笑)
――それを愛だと受け取る女性の側に問題がある?
前田:そこまでは言えませんね。男性の方にも積極的に都合のいい女を求める心理ベクトルが存在しているのです。
――そうさせる男性側にも原因があると。
前田:無償の愛と聞いて初めに浮かぶ存在が誰かを考えれば明らかですが。それは母親の投影です。

「…………」

――先ほど、女性が積極的に都合のいい女を演じるというお話を伺いましたが?
前田:ですから都合のいい女でいるというのは女性当人にとっても、尽くされる男性にとっても都合のいい状況なのです。ただし、短絡的に。
――母親は恋人になれない?
前田:母親は恋人になれない。気付きにくいですが、近づいているようで自ら遠ざかる自殺行為です。
――最後に、都合のいい女を脱却するための処方箋をお願いします。
前田:意外性が大切です。私から魔法の言葉を送ります。この言葉できっと、彼はあなたを異性として意識し始めるでしょう。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。
前田先生からのアドバイス「都合のいい女脱却のための☆たった一つの方法」は巻末袋綴じで掲載し

「ひな姉、さっきから何読んでんの」

「!!」

「……ひな姉?」

「……ソウくん。びっくりした……」

「なに、ファッション誌?ひな姉もそういうの読むのか……隠すなよ」

「見ちゃダメだよ、ソウくんにコレはまだ早いわ」

「逆効果だろそれ……『はじめてのお化粧』でも載ってんのか」

「の、ノーこめんと」

「……まあ、いいけどな。ひな姉もう帰るだろ。駅まで送ってく」

「そうなの?もうすこし居ようかなって」

「もう9時だぞ」

「え……もうそんな時間」

「理香子にバイト先まで迎えに来いって言われてんだよ。丁度良いから送ってくよ」

「でも……そうだ、お皿もまだ洗ってないし」

「やっとくからホラ、鞄」

「お風呂掃除と、あと洗濯物も畳みたいし」

「それもやっとくから……あいつ待たせるとウルサイんだよ」

「わたしココで待ってるよ。その間に済ませちゃうから……あっ、今日理香子ちゃんに会ってないし、ね?」

「今から理香子迎えに行って、帰ってきて、またひな姉送りに駅まで行けって?」

「わたしは送ってくれなくていいよ」

「いや、もう遅いから」

「ひとりで大丈夫だよ?」

「うるさい」

「じゃあ洗い物だけ。それもダメ……?」

「まあ、そんくらいなら平気か……。二人でちゃっと終わらせちまおう」

「ごめんね。ちょっと本読むのに夢中になっちゃって」

「おお、特集:浮気症の――」

「ふえ……そ、ソウくん、返してようっ」

「『特集:浮気性の彼を夢中にさせるたった一つの方法』……?ぶふっ、何コレ」

「ああん、ソウくん見たわね……なんで笑うの」

「ひな姉に浮きすぎだって。真面目な顔して『モテ・テク十選』って……あはは、こんなん読んでたのかよ」

「そうだよ。悪いの」

「怒んなよ、『暗い女は不毛な恋を引き寄せる』……救いがねー!あはは」

「むー……馬鹿にしたらいけないんだよ」

「してない、してない」

「もう……ソウくん、返してよぉ」

「おう、『年上女子はユーモアトークでモテカワ!』……いいなぁこの本」

「まだ馬鹿にしてるわね?なんとかって先生が科学的な感じで心理を分析してるのよ。きっとためになるわ」

「心理を分析なあ……。例えば?」

「例えば、えっとねぇ……都合のいい……そうだ」

「都合の良い?」

「ふふ、ソウくんこれ聞いたらきっとびっくりするんだから」

「まずしないと思うけど」

「意外性が大切、なんだって。ちょっと待っててね……袋とじ、袋とじ……」

「袋とじ……何が始まるんだ」

「意外性、いがいせい……うん。ソウくん、ちょっとそこにジッとしてるんだよ」

「おお……」

「…………」

「…………意外性まだ?」

「こほん……それでは」

「…………」

「ソウくん!」

「おう」

「わたしはソウくんのお母さんじゃないんだよ!?」

「知ってる……」

「だよねえ……」



夜の川からは生き物の匂いがする。
昼間の生臭いニオイはアンモニア。微生物の死骸や千切れた草の日光に焼かれるニオイ。
言ってしまえば死骸の煙り。生き物の匂いはそれとは違う。
わたしの知っている生き物の匂いは例えば自分の体臭であり、少ししょっぱくほのかに甘い、注意が逸れると途端に消えてしまうような匂いだった。

夜の川をぼんやり眺めながら、ソウくんと二人駅までの道を行く。
一段高く積まれた土手の上、アスファルトの小道は歩道も車道もないがそもそも人通りも無い。
道なりに並ぶ屋外灯と風に揺られる草葉の音と、後はソウくんとわたしが二人っきり。
今日あったことをソウくんに訊いたり聞いていてもらえる大切な時間で、でもソウくんのお家から三橋の駅まではわたしの足でも十五分と掛からない距離だった。
もう少し行くと駄菓子屋さんがあって、そこの橋を渡ればすぐ駅前の通りに合流する。
大通りに出るとそれまでの静けさが嘘のように車も人もたちまち増えてしまう。ベッドタウンだけあって通勤に便利なよう上手く出来ているらしい。
ビルの建たない三橋の町は都会と言うには自然が多いけれど、田舎と呼ぶには人が多すぎた。

「それでね、更衣室から全然出てくれなくって」

「ふうん」

「みんなヒドいのよ?伊東先輩はダメです、こっち来ないでくださいって」

「仲間ハズレだ」

「今日になって突然、いつもはあんなに良い子達なのに」

「ひな姉、イジメられてるのか?」

「そうなのかなあ……」

「後輩が先輩いびりって新しいな」

「何かみんなに嫌われるようなことしちゃったのかしら……。ううん、練習終わった後のミーティングまではいつも通りだったわ。何かしちゃったのなら、それから……?」

「ま、違うだろうけど」

「わたし副部長だから更衣室の戸締りして、職員室に鍵を返しに行かないといけないのね。でもみんな全然話聞いてくれなくて、それで困っちゃって……ぐすっ」

「ひな姉!?」

「あ、ごめんね。花粉症で」

「なんだよ……」

屋外灯を一つ通り過ぎるたび影が身体に追いついて、足元から前に伸びていく。
緩やかにカーブする流れに沿って見渡す限りその灯りは黄色く連なっている。
暗がりに飲まれた川の手前で、ぼうぼう生い茂ったブタクサとススキが白く照らされ揺れていた。
この辺りの河川敷は徐々に整備され始めている。
ここより少し向こうには綺麗な植え込み付きの遊歩道があり水道、仮設トイレすら据えてある。
掲示によるとこのススキの原も地ならしをして、子供用の野球場を何面か、それからサッカーが出来るような広場を作るという。
お金を掛けて作るのだ。いいものが出来るに違いない。
実際、遊歩道は四季の草花の柄で舗装されていた。花壇には栄養の豊富そうな黒土が敷かれていた。丁寧にバーミキュライトだって撒かれていた。
区画ごとに違う種類が植えてあるというサザンカはとても綺麗だった。
けど……。
そこに淡水ガニはいない。ハヤもモツゴも川エビもいない。

「……えっと、どこまで話したっけ」

「職員室に鍵を返しに行けないところ」

「そうだった。みんなね、わたしが困ってるの知らんぷりで凄い楽しそうにお喋りしてるの。時々わたしの名前も出てくるのよ?何だか笑われてるみたいで、声聴いてたら悲しくなってきて……」

「イジメとまでは言わないけども……?」

「それで、さみしくて床見つめてたらね、いつの間にか取り囲まれてて、みんながじりじりって迫って来て……」

「おお……集団で」

「……それから、ぎゅって抱きしめられたの。伊東先輩、私たち応援してますから!って。これもイジメの一環……?」

「ほら違った」

「その後みんながくれたのよ。さっきの雑誌。だからわたしが買ったわけじゃなくて、貰い物なの」

「ああ、そう繋がるのな……」

「順を追って話さなきゃと思って」

「最初に言ってくれ。心配しかけたじゃねーか」

「……ごめんね?」

「ふああ、まあそんなこったろうと思ってたけど」

「でも何だかよく分からないでしょ?私たち応援してますって」

「応援なあ……。もっかい見せて」

「ちょっと待ってね…………はい」

「aan-aan増刊号『浮気症の彼を夢中にさせるたった一つの方法』……お、付箋貼ってある」

「それね、付箋の番号順に読むらしいの。まだ(1)番しか読めてなくって」

「はあ、なに……(1)が『特集:都合のいい女』」

「みんなね、読むだけじゃなくって実践してくださいって言うんだよ?」

「なんか勘違いされてるんじゃないか」

「勘違いって?」

「そりゃ、どう考えてもひな姉に浮気性の彼が……くふっ、あははは、似合わねぇー!」

「笑うところじゃないと思うなぁ……」

生き物の匂いのしない川を川と呼んでいいのだろうか。
わたしの記憶の中の川は石の間をぬらぬら光るアブラッパヤが泳いでいて、それを追って苔踏んで転んで。
ずぶ濡れになったわたしをソウくんが笑いながら引き起こしてくれた、例えばそんな場所。
でもこの川に居るのは疲れたように泳ぐフナと、鴨……それくらい。生き物の密度が驚くほど低い。
だってそもそも、大きな石が転がってない。
ひっくり返したらサワガニがかさかさ逃げていくような石は転がっていない。
気が付けば、駄菓子屋さんの橋まで来てしまっていた。
いつもソウくんがサッカーをしている場所。駄菓子屋は閉まっている。

「……ねえ、ソウくん。ちょっと下に降りてみようよ」

間近で嗅いでみたら違うんじゃないかってそう思った。
昼間の生臭さが少し薄まっただけのこのニオイは、わたしの勘違いじゃないかって。

「ソウくん、ちょっと川で遊んでいこう?」

でもそれは叶わなかった。

「だからさ、理香子迎えに行かなきゃいけないんだって」

「昔みたいに、丸くてつるつるする石探してみようよ。昔、駄菓子屋さんで……昔ね、ソウくんが10円玉貯めてパチンコセット買ったことあったじゃない。それでどの形の石がよく飛ぶかって」

「ほら、行くぞ」

いつからだっただろう。最初からかもしれない。
わたしが思い出話をしても、ソウくんはあまり興味を示さない。
ああそんなことあったな、くらい。まるで本当に思い出になってしまったみたい。
わたしにとってそれはまだ続いていて欲しいことなのに。
変わってしまう。ほんの少し目を離した隙に変わっていってしまう。

一人っ子のわたしに、お母さんはずっと”ひなにはきょうだいがいるのよ”と言い続けてきた。
弟が一人、妹が一人。証拠だってあるって、写真を見せてくれた。
そうしたらわたしはそんなに寂しくない気がした。
――夏子の子供は私の子供も同じだから。
――宗介とひなこちゃんは、そうしてると姉弟みたいね。
ある日写真の中の男の子と女の子が、本当に隣に引っ越してきた。
それでもうわたしは寂しくなかった。
ソウくんがいて、わたしがいて、ただただ楽しかった日々。
安心してしまった、それがいけなかったのだろうか。
わたしが鈍臭いせいで、いつだって気が付くのは済んでしまってからだった。
小学校に上がると徐々に、わたしはソウくんにとって特別な一人ではなくなっていった。
気が付けばわたしはただ一人の遊び相手から、ただの遊び相手の一人になっていた。
自転車を漕ぐ役も交代になった。山の遊び場もソウくんの方が詳しくなった。
夕方に手を繋いで帰ることはいつしか無くなって、気が付けばわたしは置いていかれていた。
わたしともう一人とがいて、ソウくんはわたしじゃない方に話しかける。楽しげに――そんなことが多くなっていった。
それでも、まだ貯金はあったように思う。
変わってしまったけど失われてなんかいないってそう信じられた。
確かに、ソウくんと一緒に野山を駆け回ることは減っていった。でも代わりにソウくんは夜、その日あったことを楽しそうにわたしに語った。
時系列もてにおはもあったものじゃない支離滅裂なその話を聞くのが、わたしは大好きだった。
変な色の蝶を見つけたこと、でも掴んだら鱗粉が取れて今にも落ちそうな飛び方になってしまったこと。
擦り傷だらけで帰ってきた日には、梅の木に登ろうとして棘にやられたこと。
なんでそんなことをしたかって、梅の実をランドセルにぶつける遊びが最近流行っているらしいこと。
当のソウくんはもう覚えてないかもしれない、たくさんのことをわたしは聞いた。
本当は夏子さんに聞いて欲しいんだってそんなことは直ぐに分かった。
夏子さんが話を聞いてはくれないから、その代わりのわたしに話しているのだ。
――夏子の子供は私の子供も同じだから。
――宗介とひなこちゃんは、そうしてると姉弟みたいね。
周囲からはソウくんの姉であるように求められることが多かったけれど。
でもソウくんがわたしに求めているものくらいは、わたしは知っていた。

「……へくしっ」

「ほら、ティッシュもう無いだろ」

「ありがっ……ふう……へっく!ふう……」

「この時期ってなんの花粉なんだ、ブタクサ?」

「そうだねぇ……やっぱそうかなぁ」

「ブタクサ、あの黄色いやつだろ。滅茶苦茶生えてる」

「ううん、あれは違うの……背高、くしっ……泡立ち……ふえっ、草だよぉ」

「それ、川辺行ったらもっとヒドいぞ?」

「いいもん」

ソウくんはこっちに引っ越して田舎の、わたしの前から居なくなった。
それが今から五年前。
それからずっと、川に行こうなんて思いもしなかった。
思い出は沢山あったけど、振り返っては寂しくなるばかりだった。
自分が自分じゃない気がした。ソウくんの関係しない今日がまた過ぎていく、そのことを考えると息の仕方が分からなくなった。
そうして、子供でいることはもうそんなに楽しくなくなって、でも大人になっても楽しくないような気がした。
この先どうしたらいいんだろうって……。
でもその答えは分かりきっていたし、やっぱりそれは正解だった。
今思えば本当に、なんで一秒でも早くこうしなかったんだろう、そんな答え。
ほんの少し目を離した隙にソウくんは変わっていってしまうから……。

「こうして二人で歩いてると、なんだか昔みたいだね」

だからわたしはちょっとした強がりを口にする。

「ね、やっぱり降りてこうよ。もしかしたらサワガニだっているかも」

「いや、いねーだろ」

「じゃあ川はいいよ、いいから……ソウくん」

このサワガニのいない……けど、ソウくんのいる川で。

「わたしのこと、お母さんって呼んでみてくれる?」

「はぁ……?」

「駄目かな?お願い……」

「ひな姉はほんっと、天然だな……」



特集:飽きられ女子

飽きられ女子になっていませんか。
付き合いたての熱く燃えるような関係はいつか失われてしまうもの。
そこを乗り越えて、居心地の良い特別な関係を築けるのが理想ですが……。
デートの回数は減り、行く場所もパターン化。会話も仕事の愚痴ばかり。
それでは特別な関係とは言えません。
彼があなたに慣れてしまっただけでしょう。いわゆる倦怠期の到来です。
男性の恋愛は狩猟型。熱しやすく冷めやすい彼をコントロールするのはあなたの仕事。
もう一度あの頃の二人に戻ってみたいと思いませんか。
例えば、出逢った頃の二人。
あなたは彼が、彼はあなたが気になって仕方の無かったあの頃の関係は、まだ取り戻せます。
”飽きられ女子”特集はこの後40ページから。

「…………」

好きな人に興味を持たれるのは嬉しいことです。
想像してみてください。
彼があなたに興味深々だったらどうですか?
彼だってそうなんです。……そこで裏切りです。
繰り返しますが意外性が大事です。
彼に自分のことを喋らせてそれに気のない相槌で答えましょう。
向かい合って、それなのに話に身を入れていないポーズをすることが大切です。
窓際に吊ったプランターのポトスが揺れる様を眺めるもよし、爪にマニキュアを塗り始めるもよし。
やりすぎると怒らせてしまうかもしれないので加減しましょう。
…………。

「ソウくん、加減って?」

「さあ……分からん」

「ひとつまみみたいなこと?どのくらいか書いて欲しいよ」

「適当でいいんじゃねーの」

「ううん、とにかくやるしかないわ。……ソウくん今日学校で何かあった?」

「いきなりやる気出してきたな」

「あっ、でもソウくんのことなんて別に興味ないんだからね!?」


暗転