エロゲー 夏ノ雨 翠ss『ドッグファイト』

夏ノ雨 翠ss『ドッグファイト
説明:共通ルート、夏のさかり。
暑さで思考が鈍る翠ちゃん



あ や し い――あの二人。
あたしがふいにそう思ったのもきっと無理からぬことではないでしょうか。
トイ、こほん、お手洗いを借りてリビングに戻ったあたしの目に飛び込んできたものはと言えば、ソファに隣り合って座る桜井とリカちんの後姿でした。
二人ともぴったり身体を寄せて、少し高い桜井の肩にリカちんは頭を乗せるよう傾けて、長い黒髪が桜井の腕にかかって――おかしい!
それを認めた瞬間、あたしはお腹から声を発していました。

「そこっ、ちょっと待ったぁーーー!」

そこはあたしの場所です!
さっきまで座っていたから。というだけでは勿論なく、リカちんのお隣はあたしの特等席なんです。
隣に居れば、いつでもリカちんの服の裾をぐっと手繰り寄せられます。
それで、伸びる!って叱られながらも密着して、思いっっっきり息を吸い込んで――ああ、たまりません。
リカちんの髪の毛からは幸せの匂いがするのです。
なんと言うのでしょう。よく晴れた朝、窓を開けて風の入ってきた一呼吸目、あるいはほど好く薄いラベンダーの蜂蜜。
そう、甘みがあってどことなく食欲をそそるような。ちょっと舐めたくなるような。
本人に伝えてみたところ2mほど後ずさりされてしまったんですがきっと照れていたのでしょう。
そのようなものです。
これを一度嗅いでしまったらもう容易に、形而上の花園にトリップすることが可能です。
端的に言うと。
リカちんの御髪の匂いは、うっとりするようなものなのでした。
そしてそれを堪能する片手間に……仕方ない、桜井の相手をしてあげてもいいかもしれません。
つまり左サイドにリカちん。右サイドに桜井。司令塔あたし。
完璧です。どう考えても完璧な布陣です。
しかし今や、司令塔抜きで両サイドが連携を取ろうとしているのでした。
「翠、うるさい」
「翠、うるせーよ」

訂正。すでに連携が出来上がっています。
これはいけません。
司令塔抜きにモダンフットボールは完成しない。そのことを二人に理解させないといけません。

「リカちん、桜井。ちょっ――」
「黙って。今良いところなんだから」
「翠、麦茶頼む」
「ちょっ……、あの……」
「…………」
「…………」
「なんだよぉ……二人して」

あやしいです。だってなんだか二人の手――重なってないでしょうか。ぎゅって握りあってはいないでしょうか。
たまたま?それとも、角度的な問題かもしれません。
ソファの陰、ちょっと背伸びしたら確かめられてしまいそうで……ストップ。
ひとまず仕切り直そうと、あたしはキッチン へ向かいました。
男物のマグカップを見つけたので麦茶を冷蔵庫から取り出し注いでみました。

「ふふふ……」

それはもう、表面張力でパンパンに膨れるほどに。
どうしましょう、持って行けません……。

『宗介!出たっ!』
『どこだよ。そこか!?』
『ほら!右右右、窓のとこ窓のとこっ!』
『うおっ、何これクッキリ……いやいや合成だろ、絶対ゴーセー』
『違うわよ……だって、ひやっ!増えた!いま一瞬二つに増えたっ』
『理香子、どこ見て言ってんだ?』
『何で見逃すのよ!巻き戻すからちょっと待ってなさい。リモコン、リモコン……』

只今、桜井家は『恐怖体験投稿ビデヲ3 白の戦慄』の上映中です。
夏だし、いいかなぁと思って借りてきたものなんですが。あたしが。
盛り上がるには大事な人が一人、足りないんじゃないかなぁ。そんな気がしないでもありませんでした。

「ずずず……おいちい」

マグカップに上から吸い付いて、溢れんばかりの麦茶を八分目まで減らします。
そう言えばあたしも喉が渇いていました。

「んく、んく、んく、ぷはっ!……あ」

夏真っ盛りのこの時節、よく冷えた麦茶は渇いた体に染み入るようです。
それは例えば心地よい喉ごしに、ピッチャーがもう空になっているのにも気が付かないくらいでした。



「なあ……どこからが浮気になるんだ?」
「そこから」
「はあ」
「その”どこから”って態度がいけないのよ。絶対に浮気しない自信があったら、聞くまでもないことじゃない」
「翠は?」
「へ、あたし?そうだねぇ……」
「ルール決めたらそれを逆手にギリギリのとこまで行くに決まってるのよ。それで約束は破ってない、って平気な顔して!そういう男に限ってきっと体の浮気だー心は浮気してないんだーとか言い出すのよ宗介!」
「おう……」

と、桜井は少し困った顔。

「リカちんって結構束縛するタイプなんだ」
「私?何でよ」
「え、だっていま言ったよ」
「そう?……ああ、違うわ。自分がってより、浮気する男一般が嫌いなだけ」
「それはまあ、好きな人なんて居ないだろうけど」
「自分で情けなく思わないのかしら。不実で、浅薄で、人倫にもとる行為をしているって言うのに」
「おい翠、言い口が他人事とは思えない」
「どう考えても束縛しそうだよねえ……。一時間毎に現在地を報告する事、通信手段は電子メールを用いること、解った!?みたいな」
「茶化さないで。翠だって将来被害に遭うかもしれないのよ」
「なんか軽犯罪チックになってきた……」
「でも理香子、アレだ。逆に、大抵の男は欲求を行動には移さないだろ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでる」
「したいと思うだけで罪深いわ。裏切り」
「おお、もう……」
「……うーん。さすがに厳しすぎじゃないかなぁ、ほら、良心の自由?」
「法律の話はしてない。ねえ、さっきの見たでしょ。身体がそういう風に出来てるんだ。男は浮気しても仕方ないんだ、ってそういう都合のいい言い訳がまかり通ってるからあんな無念が残るのよ」
「無念?」
「無念よ。霊になって。……ああ。翠、トイレ行ってたんだっけ」
「なんだか盛り上がってたやつ?」
「恐怖体験みたいなこと言ってたけど、どう考えても身から出た錆よ。ざまあみなさい」
「リカちんがお怒りだ……」
「もう一回見る?ホントあの男、被害者ヅラしてっ」
「義憤に燃えている?」
「別に、そういうのじゃない」

恐怖体験なんたらビデオを見終わってから大体10分くらいが経ったでしょうか。
心霊がビデオに写るのは一瞬です。そのキャプチャ画像と悲しげなエピソード、そして最後に”お分かりいただけただろうか”。
80分もそれの繰り返しとなると、さすがのあたしもお分かりです。もうお腹は一杯です。
それっぽく暗くしていた照明を点けて、三人ともソファにだらり。茹だるような暑さに白旗を揚げ、あたしたちは一休憩していました。

「じゃあ、リカちんがお付き合いしてる人の場合は?」
「なんで私の話になるのよ」
「もしもリカちんが誰かさんと付き合ってたらだよ。するより前の浮気心だけで、ってなったらきっと大変だよ」
「そもそも、そんなのいないから」
「もし浮気されたら、それだけで嫌いになっちゃう?」
「翠、しつこい。……そうね、折檻」
「折檻なんだ……。だって、桜井」
「俺に振るな」
「フラないけどぶっとばすってことだよね。こう、顎持ち上げといて……空いたボディに黄金の右が」
「想像させるなよ」
「そもそも彼氏なんて作る予定ない。……宗介、なんで汗かいてるのよ」
「別に……」

そう言って桜井は少し視線を泳がせると、勢いをつけてソファに沈みこみます。
そのままスプリングをギシギシ言わせて遊び始めました。
猿、猿なの……?
少しだけ、いや、かなり、暴力的な衝動に駆られる光景です。

「あー、暑っちいな……」
「ほかのこと考えてればちょっとは涼しくなるんじゃない?じゃあねえ……しりとりりんご」
「ごはん」
「こら……」
「やる気出ねーよ。暑いし」
「暑い暑い言ってるからホントに暑くなるんだよ。今度暑いって言ったらデコピンね」
「いや、その理屈はおかしい。だって事実暑、痛ってぇ……。…………って言ったところでお前痛くなんないだろ。だからその理屈はおかしい」
「負け惜しみだ」
「った……お前ちょっとは加減しろ。うあ、余計汗出てきたじゃねーか」
「ヤダ、桜井、腕ぬるぬる……。おお……、うぇ……」
「嫌なら触るなっての。……コラ、人のシャツで拭くな」
「汝のあるべきところに還りたまえ」
「もっともらしいこと言うなよ」
「あなたたち楽しそうね……」
「翠だけな」
「えー、スキンシップでしょ?心外だなぁ」
「スキンシップ?俺のシャツ伸ばすのが?」
「ほら、アメリカの人がよくやってるじゃん。スパパパン、うぇーいって」
「その説明で伝わると思うか」
「あれだよ、シェイクハンド的な……うぇーいってヤツだよ」
「分かるか!」
「……ねえ、翠はどうなのよ」
「ふぇ、なにが?」
「さっきの話。翠はどこまでだったら許せるわけ」
「えっと……ああ、男の人の浮気?」
「思うんだけど、やっぱりおかしいわよ。大体”どこから”浮気なんだって発想があり得ないじゃない。翠はそういうの平気なわけ」
「ううん、どうだろ。考えたことないなぁ……」
「今考えて」
「少なくとも、相手との関係によって違うんだと思うけど。どーしようもなく好きだったら許すしかない気がするし……逆かな?好きだと余計許せなくなるのかな。想像できないなぁ……。何でって、うわ、あたし相手いない……」
「例えば、そこのでもいいけど」
「おい、そこのってなぁ……」
「翠が宗介と付き合ってたとして、それで宗介がもうアッチコッチの女の子と遊んでたら」

リカちんはそう言うと腕を組んで背を丸め、またなにか考え始めたようでした。
あたしが……そうか、誰かと……。
それは例えば、たとえばの話……。ちらり。
なんとなく桜井の表情を窺ってみると、うわ、イーッ!ってされました。
分かってます。どうせ照れているんです。
だって右手が全然落ち着いていません。ソファの布地を忙しげになぞっています。ふふ、かわいい奴め。
この人も今、あたしと同じことを考えているんでしょうか。
その拗ねたような口もとをぼんやり見つめているとふいに桜井の頭が上がって、目と目が合ってしまいました。
そのまま桜井はあたしに向けて、パクパク口を開けてきます。なんて間抜けな顔でしょう。
何かを伝えたいの……?
ええと、ば?ぁ?ー?ー?か?――このっ!!

「桜井が色んな女の子と遊んでたら……?遊んでくれるような女の子いるのかなぁ。まずそこだよね」
「うるせえよ」
「ああ、確かにそれは問題よね……。それならさらに仮定をおいて、宗介にも魅力があったとして。それならどう、翠」
「おい……」
「て言うかあたしと、えー、桜井がぁー?」

なんてちょっと嫌そうに眉間に皺を寄せてみたのは、あたしもただの照れ隠しですけど。
桜井が、その、あたしと……。

「まあ……さ、桜井の方から告白してくるんだったら、考えてあげなくもないかなっ」

…………。

「はぁっ?」
「ハァ?」

…………え。

「何言ってるの、翠」
「あたしなにか、変なコト言った……?」
「そうよ。なんでいきなり告白始まってるのよ。仮に二人が付き合ってたとして、浮気をどこまで許せるかって話じゃない」
「……、…………!!」
「俺の方から告白して?」
「そ、だそ、だからね、あの……そうだよ。分かってるもん。つまり……あれだよ。あの、わわわ……よく……よくある感じの、違う、そうじゃないじゃん」
「翠?」
「俺が告白したら考えなくもない……?」
「えっとね、だからね……浮気はよくない。そう!よくないよ。でも……浮気しても、桜井が自分から告、白状したら……、考えてあげなくも、ない……、かもしれなくて……」
「ああ……。そう言う事」
「翠お前、意外に慈悲深いんだな」
「宗介それ、なにか違うわよ」
「何が深いんだっけか」

ふ、ふぅ…………。

「翠って意外に懐深いのね」
「そ、そうだよ。ていうか、意外意外言いすぎじゃないかな」
「事実、意外だし……。でも、何でそうなるわけ」
「え……、そうとは」
「だからなんで許しちゃうわけ。100%宗介が悪いのに」
「そろそろ俺で例えるのやめてくれ」
「黙ってなさい。で、何で許しちゃうのよ。翠」
「それは……。あた、あたしの話はいいじゃん!」
「うん?あ、なるほど。元々、浮気して悪びれない男性心理が意味不明って話だったわね。男に聞かなきゃ論点がズレるのか」
「そ、そいうこと」
「宗介、どうなの」
「そうだよ桜井、どうなの」
「どうと言われてもなぁ……」
「何で浮気するのよ」
「いや、してねえし……。て言うかしようが無いって、その質問」

ふう……。
危なかった……。助かりました。危うく墓穴を掘るところでした。

「試しに答えてみなさい。思いついたことでいいから」
「無理言うなよ」
「あ!じゃあ、今度はこうしよ?桜井があたしと付き合ってて、それで――」
「はああぁ?」

……。

…………。

はああぁ、とは。

……え?

「ちょっ、ちょっと待ってよ。なんでそこで……突っかかるわけ」
「いや、なんで俺と翠が付き合ってんの」
「……仮でしょ?仮の話じゃん。そうだよ……!ねえ、桜井なんでそこで突っかかるんだよぉ!」
「ああ、仮の話な」
「そこで納得するなぁ!なんでそんな……はあ?なんて言うんだよぉ!あたし今、一瞬で泣きそうになったよ?ええ、なんだよぉもう……」
「いや、何が気に入らないんだ」
「だって……!あた……あたしが相手じゃ不満なわけっ」
「不安だ」
「うー……!リカちぃん、桜井がイジワルするよぉ……!」
「はいはい、よしよし」
「俺、なんかしたか……?」
「したもん!」
「はああ?」
「なんだよぉ!」
「二人とも……痴話喧嘩はやめなさい」
「そんなのしてない」
「そんなのしてねえ」
「暑いから黙るか、続けるなら外でして」
「う、うがーー!」
「がうーー!」
「犬も食わないわよ」


暗転